アメリカ合衆国の繁栄
アメリカ合衆国の繁栄とは、第一次世界大戦後の1920年代を中心に、アメリカ合衆国が世界有数の工業国・金融国として経験した経済的好況と社会の変化を指す歴史用語である。戦場とならなかったアメリカは、ヨーロッパ諸国への物資供給と戦債によって莫大な富を蓄積し、戦後は世界最大の債権国として国際経済を主導した。この好況は自動車や電気製品の普及に象徴される大量生産・大量消費、都市文化の発達、株式市場の拡大などに表れたが、その背後には農業不況や所得格差、人種差別と移民問題など深刻な矛盾が潜んでおり、1929年の世界恐慌によってアメリカ合衆国の繁栄は急速に終焉へ向かった。
第一次世界大戦後の国際的地位と共和党政権
大戦後、アメリカ合衆国はヨーロッパ諸国への巨額の貸付によって債権国となり、ロンドンやパリに代わってニューヨークが世界金融の中心として台頭した。国内政治ではハーディング、クーリッジ、フーヴァーと共和党政権が続き、「正常への回帰」を掲げて大戦期の統制を緩和し、保守的な経済運営と高関税政策で国内産業を保護した。また、ワシントン会議を通じて海軍軍縮とアジア太平洋地域の国際秩序を調整しつつも、対欧州政治への深い関与を避ける孤立主義的傾向を維持した。こうした金融的優位と保護主義的政策が重なり、国内産業は急速な成長を遂げ、強固に見えるアメリカ合衆国の繁栄の基盤が形づくられたのである。
フォード=システムと大量生産・大量消費
1920年代の繁栄を支えた核心には、自動車工業を先頭とする大量生産方式があった。フォード社は流れ作業方式と部品の標準化を徹底し、T型フォードを低価格で大量に供給した。自動車の普及は道路建設、石油産業、ゴム産業、郊外住宅地の開発など関連産業を連鎖的に拡大させた。さらに電気冷蔵庫やラジオ、掃除機などの耐久消費財が広く普及し、企業は宣伝広告と分割払い販売を通じて大衆の購買意欲を刺激した。
- 自動車・電気製品など耐久消費財の大量生産
- 流れ作業方式と高賃金政策による生産性向上
- 分割払い制度の拡大による大衆消費の拡張
- 銀行・保険・流通などサービス業の成長
このような大量生産・大量消費のモデルは、同じく工業化を進めていたソ連のソ連の社会主義建設や五カ年計画(第1次ソ連)のような計画経済的工業化とは対照的であり、市場メカニズムと民間企業主導の成長という資本主義の特徴を端的に示していた。その背後には、スターリンの指導するソ連が農業集団化や工業化を強行したのに対し、アメリカでは民間資本と消費者需要が繁栄を牽引するというモデルの違いが存在した。
都市化と大衆文化の展開
1920年代の都市には農村から多くの人口が流入し、大都市圏が拡大した。電車や自動車の発達は通勤圏を広げ、郊外住宅と都心のオフィス街を結びつけた。都市ではジャズやダンスホール、映画館、ラジオ放送などの大衆文化が急速に広まり、「ジャズ・エイジ」と呼ばれる享楽的な雰囲気が生まれた。女性は短いスカートとボブカットで自由な恋愛や職業活動を楽しむフラッパーとして登場し、従来の性役割に挑戦した。禁酒法の施行は密造酒やギャングの暗躍を招き、都市の退廃と活力が混在する独特の社会を形づくったのである。
繁栄から取り残された農村と社会的矛盾
しかし、華やかな都市のイメージとは裏腹に、農村部では戦後の農産物価格の暴落と過剰生産による慢性的な不況が続いていた。機械化の遅れた小農や小作農は負債に苦しみ、土地を失って都市へ移住する者も多かった。また南部の黒人は人種差別と低賃金労働から逃れるため北部工業地帯へと移動したが、移住先でも住宅差別や職業差別に直面した。移民に対しては移民制限法が制定され、特に東欧・南欧からの新移民に厳しい制限が加えられたほか、白人至上主義を掲げる秘密結社クー・クラックス・クランが勢力を伸ばし、リンチや排外主義的運動が広がった。こうした矛盾は、表面的なアメリカ合衆国の繁栄が社会の全階層に均等にもたらされたものではないことを示している。
投機的繁栄と世界恐慌への道
産業の成長とともに株式市場は急膨張し、多くの人々が信用取引を利用して株式投機に参加した。実体経済の成長を超えて株価が高騰すると、銀行も株式担保融資に依存するようになり、金融システムはバブルに脆弱な構造となった。1929年10月、ニューヨーク証券取引所で株価が暴落すると信用は一気に収縮し、銀行の連鎖倒産と企業の破綻、失業の急増へとつながった。この株価暴落を契機に世界恐慌が発生し、アメリカから世界各地へ不況が波及した。
一方、同時期のヨーロッパでは、イタリアにおけるファシズム体制の成立とラテラノ条約に基づくヴァチカン市国の成立、スペインでの軍人政権プリモ=デ=リベラ独裁など、権威主義的体制が台頭していた。恐慌後にはナチス・ドイツの膨張と、それに対する列強の宥和や強硬策が交錯し、やがてイタリアのアルバニア併合など第二次世界大戦前夜の緊張へとつながっていく。こうした国際情勢の中で、アメリカはフランクリン=ローズヴェルトのニューディール政策により国家が経済に積極的に介入する路線へ転換し、危機を乗り越えようとした。つまりアメリカ合衆国の繁栄は、資本主義の活力と同時にその不安定性や格差拡大という問題をはらんだ時代であり、その盛衰は20世紀世界史全体の流れと密接に結びついていたのである。