フリードリヒ・ヘーゲル|思想,世界史

フリードリヒ・ヘーゲル  1770年~1831年

ヘーゲルとはドイツの哲学者でドイツ観念論の流れの完成形といえる。主著は、『精神現象学』、『論理学』『エンチクロペディー』『法の哲学』、『歴史哲学』。18歳でチュービンゲン大学の神学部に入学し、哲学と神学を学んだ。そこで、へルダーリンやシェリングと親交を結び、フランス革命が勃発したときには「自由の樹」を植えて、共に祝ったと伝えられる。大学卒業は、イエーナ大学で講師を勤めたり、ニュルンベルクの高等中学校の校長をつとめる。ヘーゲルはドイツ観念論の完成者といえるほど、哲学に対して壮大な哲学体系を築いた。
ヘーゲルの哲学は、歴史哲学や美学、宗教哲学などに大きな実績を残した。(→ヘーゲルの歴史哲学)また歴史は一定の法則によって動いているとし、その原理を弁証法という言葉で説明した。(ヘーゲルの弁証法
ヘーゲルの哲学は、ヘーゲル学派を生み出すとともに、彼の精神の弁証法はマルクス主義によって物質の弁証法として批判的に継承された。

ヘーゲル
ヘーゲル

目次

ヘーゲルの生涯

ヘーゲルは、ドイツ南部のシュツットガルトで生まれた。父親は財務官である。少年時代はギリシャ悲劇を愛好する勤勉家で、同時代の作家ゲーテの作品を好んで読んでいた。18歳でテュービンゲン大学神学部へ進み、哲学や神学を学ぶ。このころフランス革命が起こり、学友であったヘルダーリンやシェリングとともに「自由の樹」を植えて祝ったと伝えられる。
大学卒業後は家庭教師をしながらキリスト教研究をしていたが、ヘルダーリンの愛の破局を目の当たりにしたヘーゲルは若き日々の思索と実存的的体験をもとに愛と運命の問題を『キリスト教の精神とその運命』に結実させた。やがてゲーテの推薦でイエナ大学に職を得るが、ナポレオン軍によるイエナ占領で大学が廃校になり失職し、生活に困窮する。この時「馬の上に乗っている世界精神を見た」と語り歴史を動かす精神を目の当たりにした。
このころヘーゲルの主著『精神現象学』を公刊した1808年より1816年までニュルンベルクのギムナジウム(高校)の校長を務め、その後、1816年、ハイデルベルク大学教授に就任し、その2年後プロイセンの文部大臣の招聘でベルリン大学へ移る。やがて総長に就任した。1831年、コレラにかかり他界した。ヘーゲルの哲学は、当時 のドイツの思想界で大きな勢力を持ち、へーゲル学派が形成された。

ヘーゲルの略年

1770年 ローマ帝国(現在のドイツ南西部)シュツットガルトに生まれる。
1788年 テュービンゲン大学神学部に進学する。
1801年 イエナ大学の私講師となる。
1804年 『精神現象学』出版する。新聞編集になる。
1807年 ギムナジウム校長となる
1811年 マリー=フォン=トゥヘルと結婚。
1816年 ハイデルベルク大学教授となる。
1817年 『エンチクロペディー』
1818年 ベルリン大学教授に就任
1821年 『法の哲学』
1829年 ベルリン大学総長になる
1831年 コレラが原因で死去する

弁証法
弁証法

弁証法

ヘーゲルはすべてのものが矛盾・対立を契機として変化・発展していく理性的な運動の論理とした。それを弁証法といい、歴史や国家は弁証法的に発展していく。すべてのものはある立場が特定され(正、テーゼ)、それを否定し対立する立場(反、アンチテーゼ)があらわれ、両者の矛盾・対立を統一するより高い次元(合)へと止揚されて発展する。弁証法は、すべての存在するものが正・反・合の三段階をへて変化・発展する理性的な運動の論理であるとともに、それを認識する人間の理性が歩む道筋でもある。ヘーゲルによれぱ、カントが説いた悟性は、個々のものについての固定的な見方にとらわれて対立を克服できないが、理性は対立する個々のものを弁証法的に生成発展する全体の要素としてとらえ、全体的な真理を認識することができるとした。(ヘーゲルの弁証法・弁証法)

歴史哲学

ヘーゲルは芸術や道徳を中心とした哲学を否定し、歴史を中心においた。歴史こそ、進展しつつあるものの別名だからである。理想と現実を区別する主観的研究はカントに発したが、ヘーゲルにきて、理想と現実の融合が完成した。ヘーゲルは思弁的な表現形式を持つにもかかわらず、現実に徹底した哲学に特徴を持つ。

論理学

ヘーゲルの論理学はもっとも抽象的な概念たる有に出発して、そしてさまざまな弁証法的発展段階を経て、もっとも具体的なる概念、絶対的理念にいたって終わる。ヘーゲルは論理学におけるこの展開を有論、本質論概念論の三つに分けた。このヘーゲル論理学は、普通の論理学と同じではなく、思惟の形式と同時に存在の形式を含む広義の形而上学と考えなければならない。

自然哲学

自然哲学にもまた弁証法的な三段回の発展がある。自然は機械性、化学性、有機性という三段回の発展を遂げる。このうち、最後の有機性は、地球有機体、植物、動物に発展し、自然の発展は人間に至って頂点に達する。

ヘーゲル
ヘーゲル

精神

ヘーゲルによると精神もまた、弁証法的に3段階で進展する。第一は主観的精神である。精神が自然の拘束を離脱し、本領たる自由を展開する。個人の精神が肉体やそのほか、自然的環境に制約されて、まだ本能、衝動、性欲等の段階にある状態から発展し、他人の自由を承認すると同時に自己の盲目的自由を制限し、やがて、個人を超えた一般的意思に服する。いわば個人精神である。
第二は客観的精神である。主観的精神の最後の段階である。客観的精神とは、一般的意志にまで達成した精神を言う。これもまた法、道徳、人倫の三段階発展をする。法は自由なる人間が共同生活を送るための制約を総括したものであり、第一段階である。道徳は主として良心として発展する。いわば個人道徳の中枢である。そして、人倫が出てくる。社会道徳に対応する精神の段階である。さらに家族、社会、国家の三段階に分かれる。国家は家族と社会との結合であり、自由のもっとも完全たる実現である。
第三は絶対精神である。自ら絶対者になることを意識するに至った精神である。有限の姿に現われながら、しかも自己の本性の無限なるものを意識するに至った精神とされる。また、これも芸術、宗教、哲学の三つに発展する。つまり、絶対者の認識としての三つの形が出てくるのである。ただし、自己認識としての仕方は、それぞれに異なり、上から直感、感情および表象、思惟の形をとる。この三者は絶対者の自己認識として、最高の統一に達し、一切の矛盾から離れて独立する。

人倫

へーゲルは人倫が「家族」、「市民社会」、「国家」という形態で弁証法的発展を遂げると考える。「家族」は愛情によって結びついた共同体であるが,「市民社会」の段階では家族の結合が失われ(人倫の喪失),各人は自己の欲求を満たそうと経済活動をすることから欲望の体系と呼ばれる。最終段階である「国家」では.「家族」の愛情と「布民社会」に見られる個人の独立性という双方のよい点が止揚(アウフヘーベン)され,国家体制や法の中で個人の自由が実現される。

クルークとの逸話

高校教師を務めていたクルークが、現実の中のいかなる現象も理性で説明できるというヘーゲルに対し、鉛筆の存在を理性で解くように要求した。これの返答でとして、クルーク先生の鉛筆より重要な現象をすべて解明しおえたら鉛筆の問題を取り上げるよう返答した。この逸話は、ヘーゲルにとって様々な出来事が履いて捨てるような埃のようなものであり、


Sidebar