ソヴィエト|労働者評議会が担った革命権力

ソヴィエト

ソヴィエトとは、帝政ロシア末期から革命期にかけて誕生した労働者・兵士・農民などの代表による評議会を指す語であり、のちにはソ連国家の政治機構を象徴する名称ともなった。もともとはロシア語の「совет(サヴェート)」に由来し、「助言」「会議」「評議会」といった意味を持つが、歴史用語としてのソヴィエトは、専ら革命運動の中で形成された大衆代表機関を意味することが多い。

語源と基本的性格

ロシア語「совет」は日常的には「忠告」「協議」を意味する一般名詞であり、地方自治体や各種会議体も広く「ソヴェート」と呼ばれていた。日本語で表記する場合、「ソビエト」「ソヴェート」などの揺れがあるが、いずれも同一語に由来する。歴史用語としてのソヴィエトは、都市や工場、兵営などで選出された代表が集まり、労働条件の改善や戦争継続の是非、政治体制の変革などを討議し、時には行政・立法・軍事をも担う権力機関として機能した点に特色がある。

帝政ロシアと労働者代表ソヴィエトの成立

19世紀末から20世紀初頭にかけて、ロシア帝国では急速な工業化が進み、大都市の工場労働者は長時間労働と低賃金に苦しんでいた。こうした不満の高まりのなかで、ストライキを指導し交渉を行うための代表機関としてソヴィエトが生まれる。とりわけ1905年の革命期には、首都ペテルブルクに労働者代表評議会が組織され、のちに有名となるペテルブルクソヴィエトが形成された。この評議会には、マルクス主義勢力であるメンシェヴィキやボルシェヴィキ、農民運動を基盤とする社会革命党など、さまざまな革命政党が影響力を競い合い、帝政打倒をめぐる戦略が議論された。また、1904〜1905年の日露戦争の敗北は体制への不信を一層高め、こうした評議会運動の土壌となった。

1905年革命とソヴィエト

1905年1月の血の日曜日事件をきっかけに全国的なストライキと抗議行動が広がると、ペテルブルクのみならず地方都市や産業中心地にも労働者のソヴィエトが次々と組織された。これらの評議会は、賃金や労働時間の問題を扱うと同時に、言論・集会の自由、立憲政治の実現といった政治的要求を掲げ、事実上「革命の臨時議会」として機能した側面を持つ。政府は軍事力を用いて反乱を鎮圧し、主要な指導者を逮捕したため、1905年のソヴィエトは短命に終わったが、民衆自らが代表を選び権力を行使するという経験は、のちの第1次ロシア革命期に再び蘇ることになる。

1917年革命と二重権力

第一次世界大戦の長期化と生活苦の深刻化のなかで、1917年2月革命が勃発すると、皇帝ニコライ2世は退位に追い込まれ、臨時政府が成立した。同時に、ペトログラード(旧ペテルブルク)では労働者と兵士の代表からなるソヴィエトが再建され、全国各地にも同様の評議会が広がった。こうして、公式には臨時政府が国家権力を掌握しつつも、街頭や軍隊の実力を背景とするソヴィエトが並存する「二重権力」の状態が生まれたのである。やがてレーニン率いるボルシェヴィキは「すべての権力をソヴィエトへ」をスローガンに掲げ、評議会内部で多数派を獲得することによって臨時政府打倒を目指した。

十月革命とソヴィエト国家の形成

1917年10月、ボルシェヴィキはペトログラードソヴィエトを拠点に武装蜂起を行い、臨時政府を打倒した。新政権は、全国の評議会代表から成るソヴィエト大会を最高機関と位置づけ、その常設機関として中央執行委員会を設けることで、「ソヴィエト政権」の樹立を宣言した。その後の内戦と社会主義建設の過程を経て、1922年にはソヴィエト社会主義共和国連邦(USSR)が成立し、最高会議に相当する「ソヴィエト最高会議」が国家の最高権力機関と定められた。しかし、実際には共産党の指導部が政策決定を独占し、評議会は党の方針を追認する機関へと変質していった。こうした中で、リベラルなカデットや農民政党である社会革命党など、他の政党は次第に排除・禁止され、評議会制度の多元性は失われた。

ソヴィエト体制の特徴と歴史的意義

ソヴィエト体制は、形式上は職場や地域から選出された代表が上級評議会へ送られるという、多段階の代議制を採用していた点で「評議会民主主義」のモデルとみなされてきた。他方で、一党独裁のもとでは候補者の選定や議論の方向性が共産党によって統制され、大衆の自発的意志が反映されにくい仕組みともなった。20世紀の長きにわたりソヴィエトは、工業化や戦時動員、大規模な社会政策を推し進める動員装置として機能したが、その過程で多くの犠牲と抑圧を伴ったことも否定できない。とはいえ、労働者・兵士・農民が自ら代表を選び、国家権力に挑戦した経験としてのソヴィエトは、20世紀世界の革命運動や社会主義思想を理解するうえで不可欠の存在であり、今日においても政治参加や民主主義のあり方を考える際の重要な参照点であり続けている。