3C政策
3C政策とは、19世紀末の帝国主義時代において、イギリスがアフリカとアジアを縦断的に支配しようとした構想であり、Cairo(カイロ)・Cape Town(ケープタウン)・Calcutta(カルカッタ)の3つの拠点を結ぶ支配線を目指した対外政策である。とりわけアフリカ大陸の縦断支配構想である「ケープタウンからカイロへ」というスローガンと結びつき、イギリスのイギリス帝国主義の象徴的なキーワードとして扱われる。
歴史的背景:帝国主義時代とイギリス帝国
19世紀後半、産業革命を先行させたイギリスは、工業製品の市場と原料供給地を求めて世界各地に植民地を拡大した。この時期は列強が領土獲得競争を行った「新帝国主義」の時代であり、とくにアフリカやアジアは分割の対象となった。イギリスにとってインドは「帝国の宝石」と呼ばれる最重要拠点であり、インドと本国とを結ぶ交通・防衛線を確保することが外交・軍事政策の中心課題となった。
1869年に完成したスエズ運河は、地中海と紅海を結び、ヨーロッパからインドへの航路を大幅に短縮した。これにより、イギリスは運河周辺地域およびアフリカ北東部への関与を強めざるをえなくなり、やがてアフリカ大陸を縦に押さえる構想として3C政策が位置づけられていった。
3つの「C」が示す拠点
3C政策の名称は、次の3つの拠点都市の頭文字に由来する。
- Cairo(カイロ):エジプトの首都であり、スエズ運河と地中海世界・中東を結ぶ要衝
- Cape Town(ケープタウン):南アフリカの港湾都市で、アフリカ南端支配の中心
- Calcutta(カルカッタ):英領インドの主要都市で、インド支配とインド洋支配の拠点
これら3拠点を結ぶことで、イギリスはアフリカ大陸とインド洋世界を一体的な戦略空間として掌握しようとした。とくにアフリカでは、北のエジプトと南のローデシア・ケープ植民地を鉄道や通信で結びつける構想が進められた。
アフリカ分割と縦断帝国構想
19世紀末のアフリカ分割では、ヨーロッパ列強がアフリカ各地に勢力を伸ばし、国境線を引いていった。イギリスは地中海岸からナイル川沿いに南下する支配と、南アフリカから北上する支配を組み合わせて、カイロとケープタウンを一本の縦断線で結ぶことを目指した。この構想は英系入植者であるアフリカーナーやボーア人との対立とも結びつき、南部アフリカの政治情勢を不安定化させた。
とくに南部アフリカでは、ダイヤモンド・金鉱山開発を背景に、実業家セシル=ローズがケープ植民地の首相となり、ケープタウンから北へと領土を拡大する計画を推進した。その過程で成立したのが、現在のザンビア・ジンバブエ周辺にあたるローデシアであり、ここもまた3C政策の一環として構想された地域である。
インド・カルカッタと帝国防衛線
インドはイギリスにとって最大の植民地であり、その政治的中心のひとつがカルカッタであった。カルカッタは行政・商業・軍事の拠点として、イギリスのインド帝国支配を支える都市であり、インド洋の制海権とも深く結びついていた。イギリスは地中海からスエズ運河、紅海、インド洋を通じてインドまでの「生命線」を確保することを重視し、この海上ルートとアフリカ縦断構想を組み合わせて3C政策を描いたのである。
このように、3C政策は単なる地図上の線ではなく、インド支配とアフリカ支配、さらにはヨーロッパとアジアを結ぶ帝国防衛線全体を示す概念と理解できる。
3B政策との対立と列強関係
ドイツはイギリスに対抗して、Berlin(ベルリン)・Byzantium(ビザンティウム=コンスタンティノープル)・Baghdad(バグダード)を結ぶ3B政策を構想し、中東を通る陸上交通路の確保を目指した。とくにバグダード鉄道の建設計画は、ドイツがオスマン帝国と結びつきつつ、中東に勢力を伸ばそうとする試みであり、イギリスの3C政策と対立する可能性を内包していた。
さらにアフリカでは、フランスが西アフリカから紅海方面へ横断的に勢力を伸ばそうとしたため、イギリスの縦断構想と交差する形で利害が衝突した。その象徴的事件がナイル上流でのファショダ事件であり、イギリスとフランスの対立は最終的にイギリスの縦断構想を認める方向で決着した。こうした列強間の力関係の変化は、のちの英仏協商や英独対立にもつながっていく。
3C政策の意義と評価
3C政策は、イギリスが世界的な海上帝国から、アフリカとアジアを縦横に結ぶ「陸と海の帝国」へと展開していく過程を象徴する概念である。他方で、それはアフリカや中東の人びとを無視した列強の戦略構想でもあり、今日から見れば植民地支配と資源収奪を正当化する論理として批判的に捉えられている。アフリカ各地の国境線が今日まで欧州列強の分割の影響を色濃く残していることを考えると、3C政策は単なる外交スローガンではなく、現代世界にまで影響を与えた歴史的現象として理解されるべきである。