ロードリミッター
ロードリミッターは、自動車のシートベルトに組み込まれる「胸部荷重の過大化を抑える」ための機構である。衝突初期にはベルトを強く引き込み乗員を確実に拘束しつつ、胸部荷重が設定値(限界荷重)に達した段階で、意図的にわずかなベルト繰り出しを許容し、力のピークを平坦化(プラトー化)する。これにより胸骨・肋骨への負担を低減し、エアバッグとの協調で受動安全性能を高める。多くの場合、プリテンショナーと同一のリトラクターに内蔵され、同一イベント内で「強拘束→荷重緩和」という時間的役割分担を担う。
役割と基本原理
ロードリミッターの要諦は、乗員の前方移動量(スロットル)を安全な範囲内で増やし、胸部に伝わるベルト張力のピークトリムを行う点にある。限界荷重を超えないようにベルト側でエネルギーを吸収・散逸させる設計となっており、代表的には縫い糸の段階破断、軸の塑性ねじり、摩擦要素の滑りなどで力学的コンプライアンスを生む。これにより胸部加速度の「3msクリップ」や胸部圧縮量といった評価指標を改善できる。
構造と方式のバリエーション
- 縫い切り(ステッチリリース)方式:ウェビングの所定区間を特殊縫製し、衝突荷重で段階的に糸を破断させる。構造が簡素でコストに優れる。
- トーションバー方式:リトラクター巻取り軸内のトーションバーが塑性ねじりを起こし、張力を一定範囲に制限する。再現性に優れ、2段・多段化が容易である。
- 摩擦クラッチ/板曲げ方式:クラッチ板の滑りや金属板の曲げ変形でエネルギーを吸収する。温度や摩耗への設計配慮が要る。
プリテンショナーとの関係
衝突初期は「プリテンショナー」が作動し、たるみを除去して骨盤・胸郭を素早く拘束する。直後にロードリミッターが作動域へ入り、張力のピークを約一定値に抑えつつ、エアバッグ展開と協調して上半身の減速を受け持つ。この二段構えにより、乗員の前方移動量と胸部荷重の両立が図られる。時系列では数十msオーダーで役割が切り替わるが、実設計では車種の座席位置、ダッシュ形状、ステアリングコラムの潰れ特性など車両側要件とセットで最適化される。
設計パラメータと性能チューニング
- 限界荷重レベル(例:前席成人用で数kN帯)とプラトー形状(立ち上がり勾配、持続長)
- 単段/多段制御(2段化により小柄乗員と大柄乗員の双方に適合)
- ウェビング材質・縫製仕様、リトラクターのギア比・慣性
- エアバッグ容量・ベンチングとの協調、座席骨格剛性
- 温度・経年影響と製造ばらつき(統計設計)
多段化や自動可変型(アダプティブ)では、ロードリミッターの張力しきいをイベント中に切り替える。例えば「低荷重→高荷重」へ遷移させ、初期胸部負荷の抑制と二次衝突リスクの低減を両立する。制御は機械式段替えのほか、火工式のピン剪断・クラッチ切替を用いる方式もある。
評価・法規・試験
評価は衝突ダミーの胸部指標(圧縮量、胸部加速度、帯力トレース)を中心に、台車スレッド試験と全車衝突試験で行う。法規・基準は「ECE R16」「FMVSS 208/209」などが参照され、JIS/ISOに基づく部品レベル試験も実施される。望ましい帯力トレースは、プリテンショナー後のピークを抑えた滑らかなプラトーを示し、再現性と温度依存性が小さいことが求められる。
材料・製造と品質管理
縫い切り方式ではウェビング(一般にポリエステル)と縫糸の強度・伸度管理が要点である。トーションバー方式では合金鋼の熱処理・表面処理、ねじりトルク−角度特性の工程内検査が重要である。摩擦要素ではライニング材の摩擦係数安定性と磨耗管理が性能を左右する。固定部には適切なボルト締結と座面の支持剛性が不可欠である。
故障モードと整備上の注意
- 縫製仕様のばらつきによる意図せぬ荷重段差
- トーションバー寸法・材質ばらつきによる限界荷重の散り
- 腐食や汚染による摩擦係数変動、作動遅れ
- 衝突後の部品再使用は不可(要交換)。診断時はリトラクター作動履歴と外観を点検。
中古車整備では事故歴の有無を確認し、ロードリミッターを含む拘束系の交換記録を重視すべきである。
車種別の実装傾向と先進化
前席アウトボードはほぼ標準化され、近年は後席にもロードリミッターとプリテンショナーの同時装備が拡大している。高級車や先進国市場では、乗員体格・姿勢・座席位置に応じて荷重レベルを切り替える「アダプティブ・フォース・リミッター」が普及しつつある。将来的には車外センシングと車内乗員センシングを融合し、事前情報に基づく能動的な帯力プロファイル最適化が想定される。
用語ノート
ロードリミッターは「荷重制限機構」「フォースリミッター」「load limiter」とも呼ばれる。関連語として、ねじり塑性による塑性変形、応力−ひずみ応答の理解に基づく応力設計、巻取り機構の慣性評価で用いる慣性などが挙げられる。これら基礎概念の理解は、拘束システムの総合最適化に不可欠である。