自然哲学|自然を追求した古代ギリシアの哲学者

自然哲学

自然哲学とは、自然現象の説明を、従来の神話的解釈からでなく、合理的思考で解釈しようとした哲学で、普通、古代ギリシアで生まれた哲学をいう。自然のあらゆる現象を生み出す根源(アルケー) とし、それを探求した。主として自然をテーマにして考えていたので自然哲学者と呼ばれる。前6世紀、ミレトスを中心とするイオニア植民市から起こり、この地に生まれた哲学者たちをイオニア派またはミレトス学派と呼ぶ。

自然哲学

自然哲学

目次

古代ギリシア

ギリシア人のポリスが建設されアッシリア・バビロニア・エジプトなどとの交易によって経済的に豊かで、古い因習や伝統にとらわれずに物事を合理的に考える気風を持つ文化的な気風があったが、その中でもミレトスには、タレスアナクシマンドロスアナクシメネスなどの初期の自然哲学者がおり、彼らはミレトス学派と呼ばれた。また、ミレトス近くのエペソスにはへラクレイトスがいた。彼らはさまざまな自然の現象の根底にあってそれらの現象を支配する根本的な原理について思索した。自然哲学は神話的世界観をしりぞけて、ロゴス(論理)に基づいて万物の根源を探求し、やがてギリシア本土で開花する哲学の起源となった。

自然哲学者たちにとっての自然

自然哲学者たちは、人間や人間社会や神々をさえ含めたすべてのものを自然と呼び、そのあり方を問題として取り扱った。一般に古代ギリシア人は万物はそれぞれが生命のような運動の原理を内蔵していて、それによっておのずから生成し消滅するものと考えていたらしい。ここから自然哲学者の多くは、その運動の原理や、内蔵する仕組み、生成消滅する根本原理(アルケー)を吟味した。

自然哲学者の逸話

アナクシマンドロスヘラクレイトスパルメニデスは『自然について』という同じ表題での本を書いていたという言い伝えがある。ヘラクレイトスは「この世界は神にせよ人にせよ、誰が作ったものでもない。むしろ永遠に生きる火として、きまっただけ燃え、きまっただけ消えながら、常にあったし、またあるであろう。」と語った断片が残っている。

自然哲学とソフィスト

自然哲学者とソフィストの比較

ミレトス学派

ミレトス学派にはタレスアナクシマンドロスアナクシメネスがいた。タレスアルケーを水と唱え、アナクシマンドロスは無限なるもの、アナクシメネスは空気とした。

タレス

タレスは、前624頃~前546頃に活躍したミレトス出身のギリシア最初の自然哲学者である。イオニア学派の祖で、「哲学の父」とされる。万物の根元を水と考えた。天文学にも通じ、前585年の日食を予言したとされる。

哲学の開祖タレスは水が、それ(アルケー)であると言づている。(このゆえに彼はまた大地が水の上に浮いているという意見を持っていた),彼がこのような見解を抱くにいたったのは、おそらく万物の栄養は湿っていること、また熱そのものは湿ったものから生じ、またそれによって維持されるということなどを観察したことからであろう。(ギリシア断片)

アナクシマンドロス

アナクシマンドロス(前610頃~前540)は、ミレトス出身の哲学者で、無限定なるもの(ト=アペイロン)が根源であり、万物は無限なるものから生まれ、またそこへ戻っていく。

アナクシメネス

アナクシメネス(前6世紀半ば)のミレトス出身の哲学者で、宇宙は「気(蒸気)」からなるとした。

ヘラクレイトス

ヘラクレイトス(前544気~?)はエフェンス出身の自然哲学者である。究極に普遍的なロゴスが存在するとした。変化自体を万物の根元とし、「万物は流転する」の言葉を残した。万物の根源(アルケー)を火とし、火が変化の象徴とした。

ピタゴラス

ピタゴラス(前582頃~前497頃)はサモス島出身の自然哲学者、数学者であるが、宗教家としての特色が強い。万物の根源を数とし調和を唱えた。ピタゴラスの死後、ピタゴラス教団はピタゴラスの定理を発見した。

エレア学派

エレア学派は「あるものはある、あらぬものはあらぬ」と言ったパルメニデスやカメとアキレスの比喩で知られるエレアのゼノンがいる。

多元論者

アナクサゴラス:種子(スペルマタ)・理性(ヌース)
エンペドクレスアルケーを土・空気・水・火とした。

デモクリトス

デモクリトスはイオニアの自然哲学者である。万考の根元を等質不変の原子(アトム)と主張し、原子論的唯物論哲学の祖と称される。

同時代の哲学者

アテネでは、高度な民主主義が発達した背景から、政治的・弁論術に長けたプロタゴラスゴルギアスといった哲学者が活躍した。彼らは自然哲学よりも弁論術や政治学に興味を持っていた。それに対抗しようとしたのがソクラテスであり、ソクラテスは政治的に対立したが、死刑に追い込まれてしまう。ソクラテスをはじめ弟子のプラトンアリストテレスは、真理を追求する哲学を行う。