旧石器時代|石器を使い出した人類と前縄文文化

旧石器時代

100万年に及ぶ洪積世の時期に、人類がはじめて地球上に現れた。彼らは道具を使うようになるが、最初はシンプルな形状の土器であるが、次第に複雑なものとなっていく。旧石器時代の前期石器時代は、猿人原人、中期石器時代は旧人、後期旧石器時代は新人と区分される。この時期の文化の発達は極めて緩慢で、シンプルな形状の打製石器・骨角器を使用しており、狩猟・漁労・採集によって食料を獲得した。猿人以降の長期にわたる人類文化の第1段階にあたる。

貝塚
貝塚

目次

旧石器時代

旧石器時代の人類は、打製石器・骨角器を使い狩猟・漁労・採集によって食料を獲得した。一般に猿人原人が活躍した時代を旧石器時代であるという。

礫石器

ホモハビリス猿人は器用な人という意味する猿人で石器をつかっていた。礫石器と呼ばれるもので石英の手頃な礫を別の石で砕き、鋭利な刃にしていた。砕き方に一定の観衆があり、手を使うことによって道具が生まれた。

剥片石器

石を割るときに剥片から作る石器である。原人のころから使われ出したとされる。小型の薄い破片を使う者で、ナイフ、スクレーパー、錐など、目的を限定して使う道具であった。ある程度手先を器用にし、練習する必要がある。

火の使用

原人において火の使用が確認された。北京原人やヨーロッパの原人から、住んでいた洞窟には焦げた後や焼けた骨・木が見つかった。

骨角器

旧石器時代の後半には骨や角を加工した骨角器の使用が確認されている。鉛・槍・針などの利器や装身具として利用された。

中石器時代

旧中石器時代は旧石器時代から新石器時代への過渡期の時代である。一般に旧人が活躍した時代である。火の使用や言語の使用もあったとされる。細石器がさかんに使われ、野生の穀物を刈りとり、食料とした。

ネアンデルタール人

ネアンデルタール人は中石器時代を代表する旧人であるが、おもにヨーロッパで生活し、火の使用や、おそらくは毛皮をまとっていた。狩猟が中心でマンモス、トナカイ、馬菜、その他おおくの動物を食べていたと考えられる。複雑な打製石器や埋葬の文化などがあった。

後期旧石器時代

更新世末期(約4万~1万年前)、新人(ホモサピエンス)が現れてから更新世が終わるまでの時期である。現代の我々と同一の種族のヒトである。

弓矢

弓矢は後期旧石器時代に出現した狩猟・戦闘具である。広範囲に使われるようになった。

女性裸像

石のヴィーナス像で、出産を象徴して多産や豊作を祈る呪術的なものだと推測される。旧石器時代後期にはユーラシア大陸北部に分布していた。

獲得経済

旧石器時代は獲得経済とよばれ、狩猟・漁労・採集を中心として生活していたが、生活は不安定となる。一定の地域内を季節的に移動し、生活していたとみられる。

ホルド(群) horde

旧石器時代からは、ホルドと呼ばれる、いくつかの家族が集まった原始的社会集団が作られたと考えられる。獲得経済では、おそらく20~30名の血族団体であったと考えられる。家族は寡夫多妻的な共有婚か一夫多妻的なものであったと思われるが、詳細はわかっていない。

住居

住居ははじめ洞窟が選ばれたが、洪積世末期には丘の上に村落もつくられはじめた。宗教や美術もすでにあらわれたと思われる。

洞穴美術

旧石器時代後期に洞穴内に描かれた絵画や、線刻された彫刻が見つかっている。獲物とした野獣の絵が多く、狩猟の成功を祈った呪術的行為と考えられる。ときには岩壁にも描かれた。

洪積世の日本

洪積世の日本は大陸と陸続きであったと考えられ、日本列島のナウマンゾウなどの骨や牙の化石が各地で発見されている。このことは、こうした野獣が陸地伝いに日本に渡来したことを示し、現生人類が洪積世に日本に渡来し、居住した可能性を示唆している。

関東ローム層

今から1万~2万年前の洪積世末期になると、陸地の隆起や陥没が繰り返され、日本は大陸から完全に分離されて、現在のような日本列島が形成された。また、このころには火山活動が激しく、噴出した火山灰によってローム層といわれる赤土の地層が堆積した。これは関東地方でとくに顕著なので、関東ローム層といわれる。

前縄文文化

縄文文化の前にも日本に人類がいたと考えられている。縄文文化以前、目立った土器は見つかっていないが、、1946(昭和21)年に群馬県の岩宿で関東ローム層から剥片石器が発見、全国各地にも土器を伴わない打製石器が発見されている。この時代を前縄文文化や無土器文化などと呼ばれる。


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