ストア派|禁欲主義を唱えたヘレニズム哲学

ストア派

ストア派は、紀元前3世紀前半、哲学者ゼノンに始まるヘレニズム哲学の一派である。禁欲主義を唱え、禁欲による幸福を追求し、情念に流されず自らの理性に従って生きることの大切さを説いた。また、人類は理性によって結びつくものであるとし、世界市民主義の立場に立った。アテネのストア(柱廊)で差したことから、この名がついた。

目次

ストア派

初期のストア派は自然学、論理学、宇宙論、倫理など様々なテーマを扱っていたが、次第に論理学と倫理学が重要視されるよになった。また世界の趨勢がギリシアからローマに移ると、実践的な哲学としての生活を強めていく。

ストア派では「徳」(主に自制、勇気、正義、知恵)こそが幸福の源であり、悩み苦しみの多くは物事そのものより、物事の捉え方にある。内なる理性を働かせ、外の世界の物事を分類し、反応し、それに合わせて自らを作り変えていかなければならない。

市民の倫理

ストア哲学は、ローマ帝国で市民権をもっていた倫理規範として広く親しまれた。皇帝や劇作家、奴隷など幅広くストア派の倫理を学び、身分や貧富にかかわらず善い生活を求めた実践的な道徳であった。

ストイックの語源

英語のStoicの語源となっている。

オイエーシス

オイエーシスとは、誤った考えという意味で、魂の混乱を招くばかりか現実の生活や活動にも混乱や機能不全を引き起こすもとであるとした。

ゼノン

ゼノンはキプロス出身の哲学者でアテネで活躍し、ストア派を創始した。生まれは裕福な商人であった。ストア派は、紀元前3世紀前半にゼノンによりアテネで創始された。ゼノンが初めて講義した場所が柱廊(ギリシャ語でストア)だったことからストア哲学と呼ばれる。

マルクス・アウレリウス

マルクス・アウレリウスは、ローマ皇帝で五賢帝と呼ばれる優れた皇帝の一人。将軍としても優秀で晩年まで最前線で戦争を繰り返した。主著の『自省録』は現在でも読まれており、高く評価されている。

哲学をやろうと心に決めたとき、ソフィストの罠に陥らず、机にかじりついて文章を書き理屈をこねることもなく、天体観測に没頭することもなくて幸運だった。(マルクス・アウレリウス)

今、正しい判断をすること。今、社会に役立つ行為をすること。今、外的な原因から生じる事柄に感謝すること。必要なのはそれだけだ。(マルクス・アウレリウス)

エピクテトス

エピテクスは、古代ギリシアのストア派の哲学者で、もとは奴隷の身分から教師となり、皇帝ハドリアヌスと友情を結んだことで知られる。苦難の中でも平静を保つ彼の思想は、ストア派の中心となった。

精神の正しい働きというのは、選択すること、拒否すること、切望すること、忌避すること、準備すること、目的を持つこと、同意すること、から成る。ならば、精神の正しい動きを汚し、そこなうものとはなにか。それは精神そのもののゆがんだ判断に他ならない。

セネカ

セネカは劇作家や哲学者として活躍する一方で、政治顧問として活躍した。ラテン文学を代表する一人としても知られる。政治顧問としては皇帝ネロの時代を支えた。

努力をする際は必ず定まった目的に向けたまえ。そしてその目的を常に頭に入れておくのだ。焦りや戸惑いの原因は、活動そのものにあるのではない。物事の虚像が人を駆り立てて狂わせるのである。(セネカ『心の平静について』)

クリュシッポス

クリュシッポスは700冊以上の著作を書いたといわれており、ストア派の指導的役割を担っていた。クリュシッポスの研究は、ストア哲学を当時のローマにメジャーなものとした。

クレアンテス

クレアンテスは剣闘士で水運びの仕事をしながら学問を修めた。ゼノンに学び、ゼノンの後継者として、ストア派の指導的役割を担うようになる。

ポセイドニオス

ポセイドニオスはシリア出身の哲学者で、キケロを師事したことで知られる。若くして世界を回り、外交大使を務めた。

ムソニウス・ルフス

ムソニウス・ルフスは教師として活躍し、奴隷だったエピクテトスに哲学を教えた。

ほとんどの物事について、我々は正しい想定に基づかず、悪しき習慣に従って対処しようとする。今述べたことは紛れもない事実なので、修行中の者は、次に挙げる悪習を克服しなければならない。快楽を求め苦痛を避けるのをやめること。財産とお金については、与えるよりもらおうとするのをやめること。(ムソニウス・ルフス『清談』)

ショーペンハウアーの評価

ショーペンハウアーは、ストア哲学を批判しつつも「人間がまったく理性の力だけを用いて到達し得る最高地点」と称した。


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