王安石の改革
北宋中期、神宗の強い支持を受けて宰相王安石が断行した一連の制度革新が王安石の改革である。財政赤字、軍費膨張、辺境防衛、物価変動、豪強による土地兼併といった構造的危機に対し、国家が市場と社会に積極介入して富源を再配分し、生産力を底上げすることを狙った。改革は「新法」と総称され、理財・軍政・行政の各分野に及び、科挙(宋)で大量登用された新進官僚を動員して首都開封から全国へと展開した。
改革の背景――北宋の財政・軍事・社会
北宋は専制官僚制と文治の徹底により中央集権を強化したが、長期の和平と都市経済の発展が常備軍と官僚膨張を招き、財政を圧迫した。対遼・対西夏の国境防衛には巨費を要し、塩鉄や酒の専売収入にも限界があった。市舶・定期市・信用取引の発達は商機をもたらす一方、米価や絹価の急変は零細農民・手工業者を直撃した。王安石はこうした「富の偏在」と「国家の機能不全」を同時に処方するため、新法を体系的に構想した。
新法の基本理念と全体設計
王安石は経世済民の立場から、国家は社会の公器であり、富・兵・民を整えるべしと説いた。理念は三点に集約される。第一に、生産と流通のボトルネックを公的信用で補い、市場の失敗を平準化すること。第二に、兵農分離の進行に歯止めをかけ、郷里組織を再編して治安と国防を強化すること。第三に、税役の不公平を正し、財源を広く薄く確保することである。これを受けて理財・軍政・行政に横断する新法が段階的に施行された。
主要施策(理財・軍政・行政)
- 青苗法:播種期に官が低利で資金・穀を貸し付け、収穫後に回収する金融制度。高利貸の抑制と農業安定を狙った。
- 均輸法:輸送と売買を官が仲介し、地域間の価格差と運送負担を平準化する措置。物価の乱高下を抑えた。
- 市易法:手工業者・商人に対する公的融資と買上げで流通を促進する制度。景気対策の性格をもつ。
- 募役法:雑徭を金銭化し、負担を均等化。財力に応じた納付で労役動員の非効率を減じた。
- 保甲法:戸を編成して互いに保任させ、治安・軍事の基盤とする郷里組織。予備兵力の確保を図った。
- 保馬法:軍馬の分散飼養と管理の制度化により騎兵力の維持を目指した。
- 方田均税法:地籍把握を精密化し、隠田を摘発して租税の不公平を是正した。
- 農田水利法:水利の整備・修復を官主導で進め、生産基盤を強化した。
施行と執行機構
新法は中枢では中書・門下と軍政を所管する枢密院、政策立案・調整では政策局の性格を帯びた諸司が分担し、地方では転運司・路級官司が運用した。官制上の縦割りを越えるため、横断の監督官を置き、巡按による現地査察で実施状況を点検した。対外的軍政では常備の禁軍の再編が進められ、文臣優位の体制の下で軍令と財政の接続を強めた。
政治過程――推進と反発、新旧法党争
推進の核は神宗の後押しと新進官僚の登用であったが、豪右や保守派官僚は国家介入の拡大と地方実務の混乱を批判した。とりわけ司馬光を中心とする旧法党は、私権の侵害と市場歪曲、苛急な徴収を問題視した。王安石は「富国強兵」ではなく「通財恵民」を掲げたが、現場の運用が粗暴で反発を強めた地域もあった。やがて帝王の交代と政局の変動により新法の一部は停止・修正され、他方で有効とみなされた施策は存続・制度化された。
争点の具体像
青苗法は高利抑制の名目が、地方では貸付割当の強制に転化しやすかった。均輸・市易は価格安定に資したが、民間流通への圧迫を招く局面があった。募役法は公平化を進めたが、現金収奪と映る地域もあった。方田均税は租税の正常化を果たした反面、豪族の反撃を受けやすかった。是非は施策そのものより運用設計と監督能力に大きく依存したのである。
制度と官制への波及効果
新法は財政基盤の拡張と徴収体系の再設計を通じ、国家の統計化・文書化を大きく進めた。価格安定と信用供給の経験は、後世の官買・公的金融に先例を与え、郷里の再編は治安と予備兵力の備蓄に資した。中央機構では政策立案と執行監督の分化が進み、中書門下省・枢密の機能分担がより明確化した。理念面では、徳治を基礎としつつ制度で社会を設計する文治主義の一段の精緻化が見られる。
歴史的評価と意義
歴代史家は新法を「国家による富の再循環」と「市場活力の圧迫」の両義で捉えた。今日では、王安石の革新が短期にすべての歪みを解いたとは言い難いものの、価格安定・税制平準・社会的信用の供給という近代的課題に早期に取り組んだ点が再評価される。新法は北宋の国力を即時に飛躍させたわけではないが、制度の試行錯誤を通じ「国家がいかに市場と社会に関与し得るか」を具体的に示し、以後の改革論議の座標軸を定めたのである。