ロシア共産党
ロシア共産党は、帝政ロシアを打倒したロシア革命を経て成立し、のちにソヴィエト連邦共産党へと発展した革命政党である。ボリシェヴィキを中心とするこの党は、ロシアにおける社会主義政権樹立の中核となり、一党独裁体制の下で国家と社会のあらゆる領域を指導した。レーニンの指導のもとで誕生し、のちにスターリンらによる強権的な指導体制を経て、ソ連崩壊に至るまで長期にわたって世界史に大きな影響を与えた政治勢力である。
成立の背景
19世紀末から20世紀初頭のロシアでは、急速な工業化と農村の貧困、専制的なツァーリ体制への不満が高まり、革命運動が活発化した。マルクス主義に影響を受けたロシア社会民主労働党は、前衛党を重視するボリシェヴィキと、大衆政党を志向するメンシェヴィキに分裂し、このうちボリシェヴィキの党派が後のロシア共産党の母体となった。第1次世界大戦への参戦により国内危機が深刻化すると、ロシア革命が勃発し、ボリシェヴィキは武装蜂起によって政権を掌握したのである。
名称と組織の変遷
ロシア社会民主労働党ボリシェヴィキは、1918年に正式名称を「ロシア共産党(ボリシェヴィキ)」へと変更し、自らを社会主義建設を担う唯一の前衛党と位置づけた。その後、ソヴィエト連邦の成立にともない、1925年には「全連邦共産党(ボリシェヴィキ)」、1952年には「ソ連共産党」へと改称されるが、日本の歴史学習では初期段階の党を便宜上ロシア共産党と呼ぶことが多い。組織面では、党中央委員会と政治局が最高意思決定機関として機能し、下部には地方の党委員会や細胞と呼ばれる基層組織が全国に張り巡らされた。
イデオロギーと綱領
ロシア共産党は、マルクスとエンゲルスの理論に、レーニンが帝国主義論や前衛党論を加えたマルクス=レーニン主義を公式イデオロギーとした。私有財産制の廃絶、生産手段の国有化、労働者階級による国家権力の掌握、そして世界革命の推進が基本方針である。党内民主主義と中央集権的統制を組み合わせた「民主集中制」が採用され、決定された方針への統一的服従が求められた。こうした理論は、プロレタリア独裁の正当化にも用いられた。
権力掌握と国家統制
ボリシェヴィキが権力を握ると、ロシア共産党は国家機構と融合し、党が国家を指導する体制が築かれた。土地没収と農民への再分配をうたう「土地に関する布告」、戦争からの離脱を決めたブレスト=リトフスク条約などの政策は、党の決定がそのまま国家政策として実行された例である。のちに戦時共産主義や五カ年計画が導入され、工業国有化や農業集団化が推し進められたが、これも党の指導性の下で行われた国家統制の一環であった。
レーニンからスターリンへの権力移行
創設期のロシア共産党は、レーニンの個人的権威と理論的指導力に大きく依存していた。レーニンの死後、党内では権力継承をめぐって対立が生じ、トロツキーら反対派が排除される一方で、スターリンが書記長として権限を集中させていった。スターリンは党官僚機構を通じて人事を掌握し、党大会や中央委員会を形式的な追認機関へと変質させたため、党内民主主義は次第に形骸化したのである。
粛清と恐怖政治
スターリン期のロシア共産党は、党内外の「敵」を徹底的に排除することで権力を維持した。1930年代の大粛清では、多くの古参ボリシェヴィキや軍指導部、知識人が反革命罪などの名目で逮捕・処刑・収容所送りとなった。党の指導部は公開裁判を通じて「自己批判」を強要し、恐怖と監視による支配が確立された。この過程で、党は革命期の多様な潮流を失い、指導者個人を崇拝する硬直した官僚機構へと変貌した。
国際共産主義運動との関係
ロシア共産党は、1919年に結成されたコミンテルン(第3インターナショナル)を通じて、各国の共産党を指導しようとした。モスクワは世界革命の中心として位置づけられ、各国の党にはソ連の路線に従うことが求められた。これにより、中国共産党など多くの党がソ連型の組織原理と戦略を採用したが、同時にソ連との関係をめぐる対立や分裂も生じた。冷戦期には、ソ連共産党が社会主義陣営の指導政党としてふるまい、東欧諸国の政治体制にも大きな影響を与えた。
戦後体制と停滞
第2次世界大戦後、ソ連は東欧に影響圏を広げ、衛星国に共産党政権を樹立させた。ソ連共産党はその中心として、計画経済と一党独裁をモデルとして輸出したが、長期にわたる官僚支配と経済停滞は体制の硬直化を招いた。党の指導部は一定の経済改革や「平和共存」などの方針転換を試みたものの、根本的な政治改革には踏み込めず、社会の不満と民族問題は蓄積していったのである。
ソ連崩壊とロシアの共産党
1980年代後半、ゴルバチョフがペレストロイカとグラスノスチを掲げると、長らく特権的地位を保ってきたソ連共産党は、批判の対象となった。1991年のソ連崩壊にともない、党は事実上解体され、その歴史的役割を終えた。その後、ロシアにはソヴィエト連邦時代を継承する勢力としてロシア連邦共産党が結成され、議会第1党となる時期もあったが、これは旧ソ連時代のロシア共産党とは区別される現代の政党である。こうしてロシアにおける共産主義運動は、新たな政治環境の下で再編を余儀なくされていった。