ヘッドガスケット
ヘッドガスケットは、シリンダーヘッドとシリンダーブロックの合わせ面に挟み、燃焼ガス・冷却水・潤滑油を同時に密封する中核部品である。燃焼圧力は瞬間的に数十MPaに達し、熱負荷と面圧の変動も大きい。よって材料・ビード形状・締結設計が適切でなければブローや内部リークが発生し、出力低下や冷却水混入、白煙・オーバーヒートを招く。ヘッドガスケットは密封と熱機械負荷の調停者として、エンジン信頼性を左右する。
構造と材料
ヘッドガスケットの主流はステンレス多層板のMLS(Multi Layer Steel)である。各層は0.1〜0.3mm程度で、燃焼室周りにファイヤーリングと呼ばれる高面圧領域を形成し、ビード(隆起)で弾性を確保する。従来は黒鉛系や繊維強化ゴム系の複合材も用いられたが、高出力化と高温化によりMLSが優勢である。表面にはフッ素系やニトリル系の薄膜コーティングを施し、微小な粗さ谷を埋めてミクロリークを抑える。
密封メカニズム
- 燃焼ガス:ファイヤーリングの局所高面圧でガスシールを確保する。
- 冷却水・オイル:ポート周囲のビードとコーティングで液封を行う。
- 熱・機械追従:ビードの弾性で熱膨張差やボルト荷重変動に追従する。
表面性状と平面度
合わせ面の表面粗さは一般にRa 0.8〜1.6μm程度が目安である。粗すぎればミクロリーク、細かすぎればコーティング保持が弱い。平面度の目安は全長で0.05mm程度までが実務的目標である。歪みや傷、デッキ面の段差は局所的な面圧低下を招き、ヘッドガスケットの寿命を縮める。
締結設計と面圧計算
シールは十分なクランプ荷重が前提である。ボルト本数・ピッチ・締付力を決め、燃焼圧やボア径から必要面圧を算出する。一般にシール部は数百MPa規模の接触圧を想定し、ビード高さ・幅で荷重分布を調整する。摩擦係数μは潤滑条件で0.12〜0.18程度に変化し、トルクから軸力への換算に大きく影響する。角度締め(トルク+回転角)を併用するとばらつきが抑えられる。
ボルトと工具
ヘッドボルトは降伏域を利用する設計が多く、再使用不可としている場合がある。締付は対角順で段階的に行い、最終は角度法で仕上げる。管理には校正済みのトルクレンチを用いる。
故障モードと症状
- ブロー(燃焼漏れ):加速時の冷却水硬化やラジエータへ気泡、排気白煙。
- 冷却水・オイル相互混入:オイル乳化、冷却水の油膜、マヨネーズ状汚れ。
- 局所焼損・クラック:過熱や着火時期不正で発生、失火やノッキングの誘発。
主因の例
- 過熱・デトネーション、圧縮比過大、点火時期不適正。
- 締付不良・ボルト伸び、面粗さ不良、合わせ面の歪み。
- 部品劣化や冷却水管理不良(キャビテーション腐食)。
診断と検査
冷却系の加圧テスト、CO₂リークテスター、シリンダ間の圧縮圧力比較、プラグ点検が有効である。分解時はデッキ面・ヘッド面の平面度をストレートエッジとシックネスゲージで確認し、ポート周りの洗浄と傷点検を行う。MLSでは研磨過多がシール性を損ねるため、必要最小限の修正に留める。
交換手順の要点
- 冷却水・オイルを適切に抜き、補機を外す。タイミングを基準位置で固定。
- ヘッドを規定手順で対角緩めし、古いヘッドガスケットを除去。
- 面の清掃は非金属スクレーパと溶剤を用い、異物・旧コーティングを除く。
- 新品を向き確認して載置。位置決めピンとポート位置を再確認。
- ヘッドボルトを規定トルク→角度で締結し、再度角度管理を実施。
- 冷却水とオイルを規定で充填・エア抜きし、漏れと圧縮を再確認。
エンジン仕様との関係
高過給や高EGR、直噴化により燃焼圧は上昇傾向で、MLSのビード設計やファイヤーリングの材料選定が一層重要となる。ディーゼルエンジンは圧縮着火ゆえ面圧要求が厳しく、ボア間隔が小さい小型高出力機では荷重分布最適化が鍵である。ガソリンのノッキング制御もシール寿命に直結する。
設計実務の勘所
- FEAでヘッド・ブロック・ボルトを含む熱機械連成を評価し、接触圧分布を確認する。
- ビードは熱歪みの節点を跨ぐよう配置し、ポート間の狭小部で面圧を確保する。
- ボルトピッチは燃焼室近傍を密にし、通水孔周りの荷重抜けを抑える。
- 組立ばらつき(μの散らし、熱時のクリープ)を見込み、設計余裕を確保する。
関連知識への参照
ガソリンエンジンでは高回転時のガス脈動、ボルトの降伏設計、シリンダーヘッドの剛性、シリンダーブロックのデッキ厚と冷却設計が密封性に影響する。運用では燃焼品質の維持、冷却水の防錆剤管理、トルク管理の徹底がヘッドガスケット長寿命化に効く。