トルクレンチ
トルクレンチはボルト・ナットの締付トルクを所定値に制御するための手工具であり、締結体に所望の軸力を与えることでゆるみや破断のリスクを低減する装置である。自動車、機械組立、配管フランジ、電装品の端子締結など、再現性の高い締付が要求される現場で広く用いられる。クリック式、指示式、デジタル式などの方式があり、一般にISO 6789の要求事項(精度、校正方法、表示)を指標として選定・運用する。正しい手順・条件(潤滑の有無、座面状態、締付順序)と組み合わせることで、安定した締結品質が得られる。
トルクレンチの目的
ねじを締める際、適性なレンチでねじを締める必要がある。そのときに適性なトルクを測定しながら締めることができるのがトルクレンチである。強すぎると、ねじの破損や母体の破壊につながり、また、弱すぎるとゆるみが発生し、大きな事故につながる恐れがある。
基本原理とトルク・軸力の関係
トルクは「力×腕の長さ」で定義され、記号はT、単位はN·mで表す。ハンドル端をFの力でLの長さだけ作用させればT=F×Lである。締付によって生じるボルト軸力F_bは、一般にT=K·F_b·d(Kはナット係数、dは呼び径)と近似されるが、Kは潤滑や座面粗さで0.15~0.25程度に変動する。そのため、トルクレンチで同じトルクに達しても、実際の軸力は条件次第でばらつき得る。座金の使用や適正潤滑の採用、締付面の清浄化は、軸力の再現性を高めるのに有効である。関連概念としてボルトの伸びと弾性域管理が重要である。
種類と特徴
- クリック式(プリセット式):設定値到達でカチッと空転様の感触が出る。現場で最も普及。視認よりも触覚・聴覚で判定できる。
- 指示式(ビーム式/ダイヤル式):弾性変形量を指針やダイヤルで指示。連続的な読取りが可能で検査用途に適する。
- デジタル式:ブザー/LEDで到達を通知し、ピーク保持や角度締付機能(トルクアングル法)を備える製品もある。記録性に優れる。
- トルクドライバ:小トルクのねじ(電子機器や樹脂ねじ)向けの同原理ツール。単位はN·mやcN·mを用いる。
使用手順(正しい締付)
- 仕様の確認:設計トルク値、締付条件(乾燥/潤滑)、ねじ材質・サイズ、締付順序を確認する。
- 設定:トルクレンチのスケールを目標値に合わせ、ロックする。
- 姿勢:ジョイントをねじ軸に対して直角に保持し、グリップは指定位置を握る。
- 作動:一定速度でスムーズに力を加え、クリック式なら「カチッ」で即停止する(追い締め禁止)。
- 後処理:ばね式は作業後に設定を低トルク側へ戻し、保管前に汚れを除去する。
精度・校正
一般的なクリック式の精度は目盛値に対して±4%程度が目安である(製品仕様による)。精度維持には年1回程度または使用回数・過負荷履歴に応じた再校正が推奨される。校正は基準トルク計や分銅+アームによる基準トルク発生装置で行い、指示の偏り、繰返し性、右/左回しの差異を確認する。ISO 6789は試験条件(温度、操作速度、力点)や不確かさの考え方を与える。落下衝撃や過負荷はスプリング特性を劣化させ、精度逸脱の主因となる。
選定の要点
目標トルクがスケールの20~80%の範囲に入る個体を選ぶと良い。駆動角の制約やアクセス性に応じて差し替えヘッド(ラチェット、スパナ、リング)や角度機能の有無を決める。差込角(1/4、3/8、1/2など)、右左両用、全長、質量、クリック感の明瞭さ、記録機能(ログ出力)も評価指標である。現場の油分・粉塵・絶縁要求など環境適合性も考慮する。
付属具と延長の換算
軸方向に延長アダプタ(クラウフット等)を同一直線に取り付けると、トルク腕長が変化し指示値と実トルクが異なる。レンチ有効長L、アダプタ長A(回転中心からボルト中心まで)とすると、目盛設定値T_setは所望トルクT_reqに対し T_set=T_req×L/(L+A) で与えられる。一方、クラウフットをハンドルに対して90°に保持すれば腕長は実質変わらず、換算不要である(製品の取扱説明に従うこと)。
計算例
L=250 mmのレンチにA=100 mmの延長を直線配置し、T_req=50 N·mを与えたいとする。このときT_set=50×250/(250+100)=35.7 N·mとなる。逆に、設定値が既知ならT_req=T_set×(L+A)/Lで算出できる。いずれも寸法は回転中心間距離で測り、作業中は角度が変わらないよう保持する。
ばらつき要因と対策
- 潤滑状態:乾燥と油脂塗布でKが変化。規定がなければ条件を統一する。
- 座面粗さ・座金:当たり面を整え、座金を用いて座面摩擦の均一化を図る。
- ねじ部処理:めっき、ロック剤、汚れの有無を統一。ねじ山の損傷は交換する。
- 操作速度:速すぎる操作はクリック見逃しや指示の遅れを招く。一定速度で作業する。
- 再締付:クリック後の追い締めは軸力過大の原因。禁止する。
- 温度:極端な温度はばね定数やグリース粘度に影響。規定温度内で実施する。
よくあるミスと注意
- トルクレンチをブレーカーバー代わりに使用して破損させる。
- 逆ねじや左回し未対応の個体で誤使用する。
- 長期保管で高トルク設定のまま放置し、ばねを劣化させる。
- 延長やユニバーサルジョイントで角度が動き、実トルクが低下する。
- カチッ後にさらに力を加え、過大締付となる。
関連工具・規格
ラチェットハンドル、トルクアダプタ、トルクドライバは用途・トルク域に応じて使い分ける。規格はISO 6789が中心となり、精度等級、試験方法、表示要件を規定する。製品の取扱説明と校正証明書を管理し、工程能力と合わせて締結品質を監視することが望ましい。適切な手順と管理を徹底すれば、トルクレンチは安定した締付品質をもたらし、組立・保全の信頼性向上に寄与する。
手動トルクレンチの参考寸法
| 呼び | 使用できるトルク範囲(N・m) | 寸法 | |||
|---|---|---|---|---|---|
| l(最小) | L(最大) | H(最大) | B(最大) | ||
| 23N | 3~23 | 33 | 300 | 42 | 22 |
| 45N | 5~45 | 36 | 350 | 47 | 24 |
| 90N | 10~90 | 40 | 400 | 54 | 26 |
| 130N | 20~130 | 42 | 450 | 58 | 28 |
| 180N | 30~180 | 45 | 500 | 60 | 32 |
| 280N | 50~280 | 48 | 600 | 65 | 36 |
| 420N | 70~420 | 48 | 850 | 65 | 47 |
| 560N | 100~560 | 56 | 960 | 67 | 49 |
| 700N | 100~700 | 56 | 1200 | 67 | 52 |
| 850N | 150~850 | 60 | 1400 | 68 | 58 |
| 1000N | 200~1000 | 60 | 1600 | 68 | 62 |