RNA
RNA(リボ核酸、ribonucleic acid)は、リボースを糖成分とするヌクレオチドが鎖状につながった核酸である。遺伝情報の本体であるDNAから情報を写し取り、タンパク質の合成を仲介する分子としてよく知られている。働きはそれだけではない。化学反応の触媒になるもの、遺伝子の発現量を調節するもの、ウイルスの遺伝情報そのものを担うものもある。近年はmRNAワクチンや核酸医薬の原料として、工業的に量産される物質にもなった。
発見から研究の主役になるまで
核酸の発見は1869年にさかのぼる。スイスの医師フリードリッヒ・ミーシャーが、白血球の核からリンを多く含む物質を取り出し「ヌクレイン」と名付けたのが始まりである。当初はDNAとRNAの区別すらなく、酵母由来の核酸と胸腺由来の核酸が別物と考えられていた時期もあった。1953年にDNAの二重らせん構造が提唱されると、遺伝情報がどのようにタンパク質へ伝わるのかが大きな問題となる。1958年、フランシス・クリックがDNA→RNA→タンパク質という「セントラルドグマ」を提唱し、1961年には情報を運ぶ伝令役としてmRNAの存在が実験で確かめられた。転機は1980年代に訪れる。トーマス・チェックとシドニー・アルトマンが、酵素のように触媒作用をもつRNA(リボザイム)を発見し、1989年のノーベル化学賞を受けた。これを受けて、生命の初期にはRNAが遺伝情報の保存と触媒の両方を担っていたとする「RNAワールド仮説」が広く議論されるようになった。
化学構造とDNAとの違い
構成単位であるヌクレオチドは、リン酸、糖、塩基の3つからなる。糖はリボース(C5H10O5)で、2′位の炭素にヒドロキシ基(-OH)をもつ点がDNAのデオキシリボースと決定的に異なる。この-OHが隣のリン酸結合を攻撃しやすいため、RNAはアルカリ性の条件で自己切断しやすく、DNAより化学的に不安定となる。塩基はアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、ウラシル(U)の4種類で、DNAのチミン(T)の代わりにウラシルが使われる。多くは一本鎖として存在するものの、分子内で塩基対を作って折りたたまり、ステムループや擬似ノットといった複雑な立体構造をとる。
| 項目 | DNA | RNA |
|---|---|---|
| 糖 | デオキシリボース | リボース(2′-OHあり) |
| 塩基 | A・G・C・T | A・G・C・U |
| 主な形態 | 二本鎖 | 一本鎖(部分的に二本鎖を形成) |
| 化学的安定性 | 高い | 低い(加水分解されやすい) |
| 主な役割 | 遺伝情報の長期保存 | 情報伝達・翻訳・発現調節・触媒 |
細胞の中で働く主なRNA
ヒトのゲノムのうちタンパク質をコードする領域は約2%にすぎない。残りの領域からも大量のRNAが転写されており、その種類は想像以上に多い。代表的なものを挙げる。
- mRNA(メッセンジャーRNA):DNAの塩基配列を写し取り、リボソームへ届ける
- tRNA(トランスファーRNA):長さ約70〜90塩基で、アミノ酸を結合して運ぶ
- rRNA(リボソームRNA):リボソームの骨格をなし、その質量のおよそ6割を占める
- miRNA(マイクロRNA):約22塩基の短い分子で、特定のmRNAの翻訳を抑える
- lncRNA(長鎖非コードRNA):200塩基以上でタンパク質をコードせず、クロマチン制御などに関わる
コドンと翻訳のしくみ
mRNAの塩基は3つで1組の「コドン」として読まれる。4種類の塩基の3連続なので組み合わせは43=64通りあり、これが20種類のアミノ酸と3種類の終止コドンに割り当てられている。tRNAのアンチコドンがコドンと対合し、リボソーム上でアミノ酸が順番につながっていく。ペプチド結合を作る反応の中心はタンパク質ではなくrRNAそのもので、リボソームは巨大なリボザイムとみなすこともできる。
医薬品として実用化されたRNA
不安定で免疫反応を起こしやすいRNAは、長いあいだ薬にするのは難しいと考えられてきた。突破口となったのが化学修飾と送達技術の進歩である。2018年には、遺伝性ATTRアミロイドーシスの治療薬パチシラン(オンパットロ)が初のsiRNA医薬として米国FDAに承認された。ワクチンの分野でも、2020年12月に新型コロナウイルス感染症向けのmRNAワクチンが緊急使用許可を得ている。ウリジンをシュードウリジンに置き換えると自然免疫による過剰な炎症が抑えられることを示したカタリン・カリコとドリュー・ワイスマンは、2023年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。
製造プロセスと現場での注意点
数千塩基に及ぶmRNAは、生体外転写(IVT)で作られる。直鎖化したプラスミドDNAを鋳型にし、T7 RNAポリメラーゼという酵素を37℃前後で数時間反応させて合成する。その後、5′キャップ構造の付与、DNase処理による鋳型除去、クロマトグラフィーによる精製へと進む。最終的には脂質ナノ粒子(LNP)に封入するが、粒径をおよそ80〜100nmにそろえるため、マイクロ流路でエタノール相と水相を高速に混ぜ合わせる方式が主流である。20塩基前後の短いsiRNAやアンチセンス核酸は、酵素ではなくホスホロアミダイト法による化学合成で製造されることが多い。
現場で最も神経を使うのはRNA分解酵素(RNase)の混入対策である。RNaseは皮膚や汗、ほこりにありふれて存在するうえ非常に安定で、121℃のオートクレーブ処理でも完全には失活しない場合がある。そのため、0.1%DEPC処理水、RNaseフリー認証の消耗品、専用のピペットと作業台を使い分けるのが実務上の基本となる。コスト面では、キャップアナログや修飾ヌクレオチドといった原料の比率が高く、委託製造の見積もりでは精製工程の収率が単価を大きく左右する。保管条件も製品ごとに厳しく、ファイザー製のmRNAワクチンは-90〜-60℃の超低温管理が求められた。
品質評価の指標
純度の確認には吸光度比が使われ、A260/A280がおよそ2.0であればタンパク質の混入が少ないと判断できる。分解の程度はRIN(RNA Integrity Number)で表し、1〜10のスコアのうち7以上を解析に使える目安とする研究室が多い。
研究・診断の現場での利用
分析技術の対象としてもRNAは欠かせない。逆転写酵素でRNAをDNAに変換してから増幅するRT-PCRは、RNAゲノムをもつウイルスの検出に広く用いられてきた。細胞内で発現しているRNAを網羅的に読み取るRNA-seqは、がん研究や創薬標的の探索で標準的な手法となっている。ゲノム編集技術CRISPR-Cas9でも、約20塩基のガイドRNAが切断位置を決める「住所」の役割を果たす。こうして見ると、RNAは情報を運ぶ脇役から、読む・調べる・書き換えるための道具へと立場を広げてきた分子といえる。
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