中国思想

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朱子|宋代の儒者で朱子学の大成者

朱子朱子(1130~1200)は、宋代の儒者で朱子学の大成者。本名は朱熹といい、字は元晦(仲晦)、南剣州尤渓県(現在の福建省)に生まれた。主著は、『四書集註」『近思録』である。宋の時代の儒学者で朱子学を作ったことで知られる。役人で儒学者であ...
世界史

道家|胡蝶の夢、あるがままに生きることを説いた中国思想

道家道家は、諸子百家の一つで老子や荘子によって作られた。老子は実在しないという説もある。孔子を始めとする儒家が人間的であり、道徳規範を押しつけた形であるのに対し、老子は、宇宙の根源である道(タオ)を信仰し、無為自然の、あるがまま生きることを...
中国思想

孟子|性善説を説いた諸子百家

孟子孟子(BC372? ~ BC289)は戦国初期、前370年前後に魯に隣接する小国の鄒(すう)に生まれた。諸子百家の一人。若い頃の孟子は孔子の孫である子思の門人に指南を受けた。やがて学者としての名声も高くなり、多くの弟子を抱えて鄒に楽団を...
世界史

墨家|戦国時代で非戦を説いた学者集団,諸子百家

墨家墨家は、墨子を祖とする戦国時代の諸子百家の一派である。兼愛、非攻、尚賢、非楽、節用、節葬などを説いた。儒家の形式的な礼楽主義や貴族の世襲制を批判したため、手工業者や農民などの庶民の階層に支持され、戦国時代には儒家と対抗する二大勢力とまで...
世界史

諸子百家|下剋上の時代に生きる古代中国の思想家たち

諸子百家 しょしひゃっか諸子百家とは、春秋時代末期から戦国時代に現れ、時代に対処するさまざまな方策を説いた思想家や諸学派の総称である。周王朝の崩壊と諸侯の富国強兵による実力主義の中で、国家・社会の秩序の再建策や世を生きぬく世界観・処世観を説...
世界史

法家|法治主義を説き、秦の覇道を支えた,韓非子

法家法家は、諸子百家の一つで、無力な礼ではなく、君主の定めた法による信賞必罰を励行し、人民を統治することを主張した学派である。斉の桓公に仕えた管仲をもち、韓に仕えた申不害と、奏に仕えた商塾・韓非・李斯が有名である。戦国時代は富国強兵が優先し...
中国思想

荀子|藍より青し,性悪説,諸子百家,礼治主義

荀子 じゅんし荀子(B.C.298~B.C.235)は戦国時代末期の儒学者。性は殉、名は況、(その他、荀卿、荀孫卿子とも呼ばれる)。趙の国に生まれた。趙で学問に務め、50歳の頃に斉に移ったと言われている。当時、斉で学問が盛んに行われた臨淄の...
世界史

春秋・戦国時代|周の滅亡と秦統一までの戦乱,中国史

春秋・戦国時代春秋・戦国時代は、前770年~前221年、周の東遷から秦の統一までのおよそ500年間の戦乱の時代をいう。周の封建制度の崩壊から統一国家への移行期にあたり、侯が周の再興をかかげて覇者として争った前403年までを春秋、その後の列強...
世界史

文化大革命|毛沢東に利用された悲しき知識人

文化大革命文化大革命とは、毛沢東と彼を支持する学生たちが起こした共産主義革命である。毛沢東の継続革命論に感化された知識層の学生らは紅衛兵と称して暴力的な革命を試みた。毛沢東に扇動された紅衛兵は毛沢東の政敵である共産党の幹部、役人・教師、地主...
世界史

秦|戦国七雄を倒し、中国を統一した大国

秦秦は、前8世紀、今の陝西省の地にあって、周王から諸侯になった。戦国七雄の中ではもっとも遅く現れた。清水にそってしだいに東へ移動しながら勢力を拡大していった。戦国時代初め、孝公(位前361~前338)のとき、都を成陽(陝西省西安市北西、渭水...