静電気放電
静電気放電(ESD:Electrostatic Discharge)は、帯電した物体どうしが近づいたり触れたりしたときに、たまっていた電荷が数ナノ秒から数百ナノ秒という短時間で移動する現象である。冬場にドアノブへ触れて「パチッ」と感じる放電もその一つで、人が感じ取れるのはおよそ3kV以上とされる。電子部品の内部回路は、人が感じないほど小さな数十V程度の放電でも壊れることがある。このため半導体の製造や電子機器の組立では、最も警戒すべき不良要因の一つとして扱われている。
電子産業で問題になった経緯
静電気そのものは古代ギリシャの琥珀の摩擦実験から知られていたが、工業上の大きな課題になったのは1970年代以降である。MOS型の集積回路が広まり、MOSFETのゲート酸化膜が数十nmまで薄くなったことで、わずかな電圧でも絶縁が破れるようになった。米国防総省はMIL-STD-883のMethod 3015で人体放電試験を定め、1982年には業界団体のEOS/ESD Association(現ESD Association)が発足した。現在の試験規格の多くは、この団体とJEDECが共同で作ったものを基にしている。
帯電から放電までの流れ
帯電の原因として多いのは、異なる材料がこすれ合う摩擦帯電、密着したものを引きはがす剥離帯電、近くの帯電体に引っ張られて電荷が偏る誘導帯電の3つである。どちらがプラスになり、どちらがマイナスになるかは帯電列でおおよそ予想でき、人の皮膚やナイロンはプラス側、PTFEや塩化ビニルはマイナス側に帯電しやすい。湿度の影響も大きい。相対湿度10〜20%の乾いた部屋でカーペットの上を歩くと人体は約35kVまで帯電するのに対し、65〜90%では約1.5kVにとどまるという測定例がよく引用される。
放電で放出されるエネルギーは、人体の静電容量をC、帯電電圧をVとすると、E = 1⁄2CV2 で表せる。人体の容量を100pF、電圧を10kVとすると、E = 0.5 × 100×10−12 × (104)2 = 5mJ となる。
着火源としての危険性
5mJという値は小さく思えるが、可燃性ガスの最小着火エネルギーと比べると十分に危険な大きさである。水素は約0.019mJ、メタンは約0.28mJで着火する。給油所での火災事故や、化学工場・製粉工場での粉じん爆発の一部は人体からの放電が原因とされ、防爆エリアでは導電靴の着用や作業前の除電が義務づけられている。
放電モデルと試験規格
デバイスがどの程度の放電に耐えられるかは、放電の起こり方を模した等価回路で評価する。代表的なモデルを次の表に示す。
| モデル | 想定する状況 | 主な回路定数 | 代表規格 |
|---|---|---|---|
| HBM(人体モデル) | 帯電した作業者がピンに触れる | 100pF/1.5kΩ | ANSI/ESDA/JEDEC JS-001 |
| MM(マシンモデル) | 帯電した装置の金属部が触れる | 200pF/0Ω | JEDEC JESD22-A115(廃止) |
| CDM(デバイス帯電モデル) | 帯電した部品自体が接地物に触れる | パッケージの容量に依存 | ANSI/ESDA/JEDEC JS-002 |
| システムレベル | 完成品に人が触れる | 150pF/330Ω | IEC 61000-4-2 |
MMは試験結果がばらつきやすく、HBMとの相関も強いことから、JEDECは2010年代に部品の認定試験から外す方針を示した。それに代わって重視されるようになったのがCDMである。実装工程の自動化が進み、部品がトレイやフィーダの上を滑って帯電し、そのまま金属のノズルに触れて放電する場面が増えたためである。
デバイスに起こる故障
ESDによる故障は、接合部が溶ける熱破壊と、ゲート酸化膜の絶縁破壊の2種類に大きく分けられる。やっかいなのは、出荷検査では正常に動くのに、市場で使われてから壊れる潜在故障である。JS-001の感度区分では、HBM耐圧が50V未満のものをクラス0Z、2000V以上4000V未満のものをクラス2としている。微細プロセスの高速インタフェースICには、クラス0Bに当たる125〜250V程度のものもある。
EPAによる工程の管理
製造現場では、静電気を管理する区域をEPA(ESD Protected Area)として決め、IEC 61340-5-1またはANSI/ESD S20.20に沿って管理するのが一般的である。基本的な考え方は「電荷を作らない、たまった電荷は逃がす、逃がせない絶縁物は中和する」の3点で、具体的には次のような対策を組み合わせる。
- 作業者へのリストストラップの着用と、接地までの抵抗の管理(システム全体で3.5×107Ω未満)
- 静電気拡散性の作業マット・床材と導電靴の使用
- 樹脂部品など、接地できない絶縁物に対するイオナイザーでの除電
- 部品を運ぶときの静電シールドバッグや導電トレイの使用
- 温湿度の記録と、相対湿度30%を下回らないための加湿
現場で見落としやすい点
リストストラップは1本数千円と安いが、内部のコードが断線していても見た目では分からない。そのため入室時にテスターで毎日確認する運用が欠かせない。イオナイザーは数万円から数十万円の設備で、放電針の汚れによって除電性能が少しずつ落ちていく。±1000Vから±100Vまで下がる時間を、チャージプレートモニタで定期的に測ると安心できる。梱包材にも注意が要る。ピンク色の帯電防止袋は袋自体が帯電しにくいだけで、外からの電界をさえぎる効果はない。パッケージに入っていない半導体を保管するときはシールドバッグを選ぶ必要がある。なお、加湿は効果が大きいものの、湿度を上げすぎるとはんだペーストが吸湿したり結露が起きたりする。実際には40〜60%の範囲で管理する工場が多い。
製品設計での対策
完成品は、工程の中とは違い、静電気対策をしていない一般の利用者が扱う。そのため製品そのものにも放電に耐える力を持たせなければならない。IEC 61000-4-2では接触放電2〜8kV、気中放電2〜15kVの4段階の試験レベルが決められており、家電やIT機器では接触4kV・気中8kVが一つの目安になる。USB端子やボタンの近くにはTVSダイオードや積層バリスタを置き、放電電流を内部回路の手前でグラウンドへ逃がす。プリント基板では保護素子をコネクタのすぐそばに配置し、グラウンドまでの配線を太く短くすることが基本となる。こうした対策はEMC設計の一部として、筐体の構造や金属部品の配置とあわせて検討される。
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