酸化数
酸化数とは、化合物やイオンの中にある原子が、どの程度電子を失ったか、あるいは得たかを表す数値である。結合に使われている電子をすべて電気陰性度の大きい原子に割り当てたと仮定し、そのとき各原子に残る見かけの電荷を整数(まれに分数)で示す。酸化還元反応の判定に用いられるほか、めっき液の管理、鉄鋼の表面処理、電池材料の設計など、製造の現場でも物質の状態を示す共通の物差しとして使われている。
見かけの電荷を数える考え方の成り立ち
18世紀末のラヴォアジエの時代には、酸化は文字どおり「酸素と結びつくこと」を意味していた。その後、電子が発見されると、酸素の関与しない反応も電子の授受として説明されるようになった。1919年、ドイツの化学者アルフレート・シュトックがFeCl3を「塩化鉄(III)」と書く命名法を提案し、元素の状態をローマ数字で添える習慣が広まった。現在の酸化数の扱いを方向づけたのは、米国のウェンデル・ラティマーが1938年に出版した、元素の酸化状態と水溶液中の電極電位を体系化した著書である。IUPACは2016年に酸化状態の包括的な定義を勧告として公表し、計算上の取り決めを整理し直した。
求め方の基本規則
計算は、次の5つの約束事を上から順に当てはめれば足りる。食い違いが出た場合は、上位の規則を優先する。
- 単体中の原子は0とする(H2、O2、Fe、Cuなど)。
- 単原子イオンはイオンの電荷に等しい(Na+は+1、Cl−は−1)。
- 化合物中の水素は+1、酸素は−2を基本とする。
- 電気的に中性な化合物では、構成原子の酸化数の総和を0とする。
- 多原子イオンでは、総和がそのイオンの電荷と一致する。
酸素と水素の例外
過酸化水素H2O2の酸素は−1、フッ素と結合したOF2の酸素は+2をとる。フッ素は全元素の中で電気陰性度が最も大きく(ポーリングの値で3.98)、化合物中では必ず−1になる。水素化ナトリウムNaHのような金属水素化物では、水素が電子を受け取る側に回るため−1と数える。
計算の手順と代表的な値
二クロム酸イオンCr2O72−で試してみる。クロムの酸化数をxとおくと、2x + 7 × (−2) = −2 となり、x = +6 が導かれる。過マンガン酸イオンMnO4−では、x + 4 × (−2) = −1 からマンガンは+7と求まる。マンガンがとりうる最高の値であり、過マンガン酸カリウムが強力な酸化剤として滴定や水処理に使われる理由もここにある。なお、計算結果が整数にならない物質も存在する。
| 物質 | 着目元素 | 酸化数 | 備考 |
|---|---|---|---|
| FeO | Fe | +2 | ウスタイト。約570℃以上で安定 |
| Fe3O4 | Fe | +8/3(平均) | Fe2+とFe3+が1:2で共存 |
| Fe2O3 | Fe | +3 | 赤さびの主成分 |
| Cr2O3 | Cr | +3 | ステンレス鋼の皮膜成分 |
| CrO42− | Cr | +6 | いわゆる6価クロム |
| CH4 | C | −4 | 炭素の最低値 |
Fe3O4では 3x + 4 × (−2) = 0 から x = 8/3 となる。実際の結晶内に「8/3価の鉄」があるわけではなく、+2の鉄1個と+3の鉄2個の平均値として理解する。
電池材料での変化
リチウムイオン電池の正極材LiCoO2では、充電でリチウムが抜けるにつれてコバルトが+3から+4へ移る。容量を引き出すためにリチウムを抜きすぎると結晶構造が崩れるため、実用上は理論容量約274mAh/gの半分程度までに抑えて使われる。
鉄鋼の黒皮に見る層構造
熱間圧延した鋼板の表面には黒皮(ミルスケール)と呼ばれる酸化被膜ができる。断面を観察すると、地鉄側からFeO、Fe3O4、Fe2O3の順に重なっており、外側ほど鉄の酸化数が高い。酸素が十分に届く表層ほど酸化が進むためである。FeOは約570℃を下回ると熱力学的に不安定になり、ゆっくり冷えるとFeとFe3O4に分解する。コイルの巻取温度によってスケールの組成比が変わり、後工程である酸洗いの所要時間にも差が出るため、圧延ラインでは温度管理を通じて間接的に酸化数の分布を制御しているといえる。
めっき現場で問われる3価と6価
実務で酸化数が最も直接に効いてくる場面の一つが、亜鉛めっき後のクロメート処理である。従来の有色クロメートは6価クロムを含み、皮膜に傷がついても周囲から溶け出して補う自己修復性によって高い耐食性を示していた。ところが6価クロムは発がん性が問題視され、EUのRoHS指令では均質材料中0.1wt%(1000ppm)が上限となった。自動車分野ではELV指令が先行し、国内部品メーカーも2000年代後半にかけて3価クロム化成処理へ切り替えている。
同じクロムでも+6か+3かで規制上の扱いがまったく異なる。古い図面に「有色クロメート」とだけ書かれた部品を、そのまま外注先へ発注してしまう事例は今も見られ、調達段階での確認が欠かせない。3価化成処理は、塩水噴霧試験(JIS Z 2371)で白さびが出るまでの時間が6価品より短くなる場合があり、トップコートを重ねて補うのが一般的である。工程が1つ増える分、処理費も上がりやすい。排水側では、6価クロムを亜硫酸水素ナトリウムなどで3価へ還元してから、水酸化物として沈殿除去する。
ステンレス鋼の不動態皮膜
ステンレス鋼がさびにくいのは、表面に厚さ1〜3nm程度の不動態皮膜ができるためである。皮膜の主成分はCr2O3で、クロムは+3の状態で安定している。JIS G 0203ではクロムを10.5%以上含む鋼をステンレス鋼と定義しており、この含有量がないと連続した皮膜が維持できない。海水のように塩化物イオンが多い環境では皮膜が局所的に破られて孔食が始まり、腐食が内部へ進む。
価数・形式電荷との違い
混同されやすいのが価数である。価数は原子がつくる結合の本数を示し、符号を持たない。メタンCH4と四塩化炭素CCl4を比べると、炭素の価数はどちらも4だが、酸化数は−4と+4で正反対になる。形式電荷は共有電子対を両側の原子に半分ずつ割り振って求めるため、電子をすべて電気陰性度の大きい側へ寄せる酸化数とは値が一致しないことが多い。どちらも実在の電荷ではなく、目的に応じて使い分ける「帳簿上の数値」と捉えると理解しやすい。
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