過マンガン酸カリウム|強い酸化力をもつ紫色の無機化合物

過マンガン酸カリウム

過マンガン酸カリウムは、化学式KMnO4で表されるマンガンの酸素酸塩である。光沢のある黒紫色の柱状結晶で、水に溶かすと濃い赤紫色になる。モル質量は158.03 g/mol、密度は約2.70 g/cm3で、20℃の水100 gに約6.4 g溶ける。強力な酸化剤として分析化学、上水・排水処理、有機合成、消毒など多くの分野で使われており、試薬用と工業用の両方が大量に流通している無機薬品のひとつである。

「鉱物カメレオン」と呼ばれた発見の経緯

記録上もっとも古い観察は、1659年にドイツの化学者ヨハン・ルドルフ・グラウバーが残したものとされる。軟マンガン鉱と炭酸カリウムを融かして固めた塊を水に入れると、溶液の色が緑から青、紫、赤へと変わっていった。この変化から「鉱物カメレオン」という呼び名が生まれている。現在の知識で説明すると、緑色はマンガン酸イオン(MnO42−)、紫色は過マンガン酸イオン(MnO4−)によるもので、溶液中で両者が移り変わっていく様子を見ていたことになる。1850年代にはロンドンの薬剤師ヘンリー・コンディが過マンガン酸塩の溶液を「コンディ液」という名で消毒剤として売り出し、医療や衛生の現場で広く使われるようになった。

工業的な製造方法

現在の工業生産は2段階で行われる。最初に二酸化マンガンを多く含む鉱石と水酸化カリウムを混ぜ、空気を吹き込みながら加熱してマンガン酸カリウムをつくる。反応は 2MnO2 + 4KOH + O2 → 2K2MnO4 + 2H2O で表される。次に、得られたマンガン酸カリウムのアルカリ水溶液を電気分解し、陽極でMnO42−を1電子だけ酸化してMnO4−に変える。以前は塩素や二酸化炭素で不均化させる方法も使われていたが、この方法ではマンガンの一部が二酸化マンガンとして失われるため、収率の高い電解酸化法が主流になった。世界の生産は中国と米国に集中しており、日本で流通する工業用品の多くは輸入品である。

pHで変わる酸化の進み方

過マンガン酸カリウムの性質を理解するうえで欠かせないのが、溶液のpHによって還元の段階が変わる点である。マンガンの酸化数は+7で、相手から電子を受け取ると+2、+4、+6のいずれかまで下がる。それぞれの半反応と標準電極電位を次の表に示す。

条件 半反応式 標準電極電位 生成物の色
酸性 MnO4− + 8H+ + 5e− → Mn2+ + 4H2O +1.51 V ほぼ無色
中性〜弱塩基性 MnO4− + 2H2O + 3e− → MnO2 + 4OH− +0.59 V 褐色沈殿
強塩基性 MnO4− + e− → MnO42− +0.56 V 緑色

酸性では5電子が動き、酸化力が最も強くなる。このとき酸性にするには硫酸を使うのが原則である。塩酸では塩化物イオンが酸化されて塩素が発生し、硝酸はそれ自体が酸化剤として働いてしまうため、どちらも定量には向かない。

熱分解

固体を約240℃以上に加熱すると、2KMnO4 → K2MnO4 + MnO2 + O2 の反応で酸素を出しながら分解する。学校の実験で少量の酸素を得る方法として紹介されることもある。

過マンガン酸塩滴定

分析化学では、酸化還元反応を利用した滴定の代表的な試薬として使われる。赤紫色の溶液は酸性条件で還元されるとほとんど無色になるため、終点を過ぎるとわずかに残ったMnO4−で淡い紅色が続く。指示薬がいらないこの性質は「自己指示薬」と呼ばれる。過酸化水素、鉄(II)イオン、シュウ酸などの定量によく使われ、シュウ酸との反応は 2MnO4− + 5C2O42− + 16H+ → 2Mn2+ + 10CO2 + 8H2O である。この反応ははじめ遅く、生成したMn2+が触媒として働き始めると急に速くなる。このため溶液を60〜80℃に温めてから滴定する。

標準液の調製と保管

過マンガン酸カリウムは純度の高い結晶でも、溶かした直後から水中の微量な有機物と反応して二酸化マンガンを生じる。そのため秤量しただけでは一次標準として使えない。実務では0.02 mol/L程度の溶液をつくって1〜2時間煮沸するか数日置き、ガラスろ過器でMnO2を除いてから褐色瓶に保存する。そのうえでJIS K 8005に定められた容量分析用標準物質のシュウ酸ナトリウムで標定する。ろ紙は有機物なので使えない点に注意したい。

水質分析と水処理での使われ方

日本の環境分野で特に身近なのが、化学的酸素要求量(COD)の測定である。JIS K 0102に定められた方法では、硫酸酸性の試料に過マンガン酸カリウムを加えて沸騰水浴中で30分間加熱し、消費された量を酸素の量に換算する。日本の湖沼の環境基準や排水基準はこのCODMnで示される。海外の規制や論文で主流の二クロム酸カリウム法(CODCr)は酸化力が強いため、同じ排水を測っても数値はかなり大きく出る。海外工場の排水データと国内データを比べたり、海外製の水処理装置の性能表を読んだりするときに、測定法を確認しないまま比べて判断を誤る例は少なくない。

水処理では、地下水に溶けている鉄(II)やマンガン(II)を酸化し、不溶性の水酸化物や酸化物として沈殿させてろ過で除く前処理に使われる。注入量は原水の鉄・マンガン濃度から計算し、一般に数mg/L程度に抑える。入れすぎると処理水がうっすらピンク色になって苦情の原因になるため、注入点の後で残留色を連続監視している浄水場も多い。マンガン砂ろ過器のろ材を再生する薬剤としての需要もある。

有機化学・医療での利用

有機化学では、炭素どうしの二重結合を確かめるバイヤー試験が古典的な使い方として知られる。冷たい希薄アルカリ溶液中でアルケンと反応すると紫色が消え、褐色の二酸化マンガンが沈殿する。加熱すると酸化はさらに進み、トルエンなどのアルキルベンゼンは側鎖が切れて安息香酸になる。医療用途では0.01〜0.1%程度の薄い水溶液が皮膚の消毒や湿疹の湿布に使われてきたが、現在ではより刺激の少ない消毒剤に置き換えられる場面が増えている。

取扱い上の注意と法規制

国内では消防法で第1類危険物の「過マンガン酸塩類」に分類され、指定数量は1,000 kgである。それ自体は燃えないが、可燃物と混ざると激しい燃焼を助ける。特にグリセリンは粉末と触れるだけで数十秒から数分後に自然発火することがあり、倉庫では有機溶剤や油類と区画を分けて保管しなければならない。濃硫酸と混ぜると爆発性の七酸化二マンガンが生じるため、これも避ける必要がある。

  • 皮膚につくと褐色のしみになり、濃い溶液は腐食性を示す
  • 粉じんを吸い込まないよう、秤量は局所排気の下で行う
  • 廃液は亜硫酸水素ナトリウムなどで還元して脱色し、マンガンを含む廃液として処理する
  • 麻薬の密造に使われるおそれがあることから、麻薬及び向精神薬取締法の麻薬向精神薬原料に指定されており、取り扱う事業者には届出などの義務がある

試薬として購入する場合はJIS K 8247に適合した特級品が一般的で、工業用の粒状品とは不純物の規格が異なる。COD測定などの公定分析には、必ず試薬規格品を使う。

コメント(β版)