電気分解
電気分解は、電解質の水溶液や溶融塩に外から直流電流を流し、自然には進まない酸化還元反応を電極の表面で起こさせる操作である。電源の正極につないだ陽極では酸化反応が、負極につないだ陰極では還元反応が進む。理科の実験でおなじみの水の分解から、アルミニウムの製錬や苛性ソーダの製造まで、化学工業の土台を支える技術である。
ボルタ電池の登場から工業化まで
始まりは1800年である。ボルタが電池を発表してから数週間後、イギリスのニコルソンとカーライルがその電池を使って水を水素と酸素に分けた。1807年にはデービーが溶かした水酸化カリウムと水酸化ナトリウムに電流を流し、カリウムとナトリウムを初めて単体として取り出している。これらの現象を数量の面から整理したのがファラデーで、1833年から1834年にかけて発表した論文の中で「電極」「イオン」などの用語も提案した。工業利用の大きな転機は1886年に訪れる。発電機が普及しはじめた時期に、アメリカのホールとフランスのエルーがそれぞれ別々にアルミナの溶融塩電解法を開発した。それまで貴金属並みに高価だったアルミニウムは、この発明によって一気に身近な金属となった。
電極で起こる反応
水の分解を例に見てみる。純粋な水はほとんど電気を通さないため、実際には水酸化ナトリウムなどを溶かして電流を流しやすくする。陰極では水が電子を受け取り、2H2O + 2e− → H2 + 2OH− の反応で水素が発生する。陽極側では 4OH− → O2 + 2H2O + 4e− となり、酸素が出てくる。発生する気体の体積比は、水素2に対して酸素1である。
分解電圧と過電圧
25℃における水の理論分解電圧は約1.23 Vである。ところが、この電圧をかけただけでは反応はほとんど進まない。電極の表面で反応を進めるための余分な電圧、つまり過電圧と、電解液の抵抗による電圧の低下が加わるためである。工業用のアルカリ水電解では、1セルあたり1.8~2.0 V程度で運転されることが多い。理論値との差はそのまま熱として失われるので、電極材料や触媒の工夫によって過電圧をどれだけ下げられるかが、設備の効率を大きく左右する。
ファラデーの電気分解の法則
ファラデーは、電極で変化する物質の量が流した電気量に比例すること(第一法則)、同じ電気量で変化する物質の量がその物質の「モル質量÷価数」に比例すること(第二法則)を示した。まとめると次の式で表される。
m = (Q ÷ F) × (M ÷ z)
m:析出量〔g〕、Q:電気量〔C〕、F:ファラデー定数(約96,485 C/mol)、M:モル質量〔g/mol〕、z:イオンの価数
たとえば硫酸銅水溶液に1 Aの電流を1時間(3,600 C)流すと、陰極には計算上約1.19 gの銅が析出する。実際の析出量を理論値で割ったものを電流効率と呼び、製造現場ではこの数値が品質管理の基本指標になる。
代表的な工業プロセス
産業界で使われている電気分解は、扱う物質と運転条件によっていくつかに分けられる。主なプロセスを以下に挙げる。
| プロセス | 原料・電解液 | 主な生成物 | 運転条件の目安 |
|---|---|---|---|
| 食塩電解(イオン交換膜法) | 飽和食塩水 | 苛性ソーダ、塩素、水素 | セル電圧 約3 V、80~90℃ |
| アルミニウム製錬(ホール・エルー法) | アルミナ+氷晶石 | アルミニウム | 約950~970℃ |
| 銅の電解精錬 | 硫酸銅・硫酸水溶液 | 電気銅(純度99.99%以上) | 電流密度 約200~300 A/m2 |
| アルカリ水電解 | 水酸化カリウム水溶液 | 水素、酸素 | 70~90℃ |
食塩電解では、陽極室と陰極室をイオン交換膜で仕切り、ナトリウムイオンだけを陰極側へ通して高純度の苛性ソーダを得る。日本では水銀による汚染の問題を受けて1986年までに水銀法が全廃され、現在はほぼすべての工場がイオン交換膜法を採用している。
電力コストという現場の壁
電解工場の採算を決めるのは、ほとんどの場合電気代である。アルミニウムを1トン作るには約13,000~15,000 kWhの電力が必要で、「電気の缶詰」と呼ばれるのもこのためである。電気料金の高い日本では製錬事業が少しずつ縮小し、2014年に日本軽金属の蒲原製造所が操業を終えたことで、国内のアルミニウム新地金生産は事実上なくなった。食塩電解でも苛性ソーダ1トンあたり2,000 kWh台の電力を使う。そのため現場では、交流を直流に変える整流器の変換効率、電極間の距離を縮めてセル電圧を下げる改造、電力単価の安い夜間に負荷を寄せる運転などが、地道ながら効果の大きい対策として続けられている。直流電源の更新を検討する際には、設備費だけでなく10年単位の電力費の差で比べるのが一般的である。
銅の電解精錬と副産物
純度99%前後の粗銅を陽極に、薄い純銅板やステンレス板を陰極にして電流を流すと、銅だけが溶け出して陰極に析出する。粗銅に含まれていた金・銀・白金族などは溶けずに槽の底へ沈み、「陽極スライム」と呼ばれる泥になる。このスライムから回収される貴金属は精錬所の収益をしっかり支えており、銅そのものよりも副産物の価値を重視する事業者も少なくない。電流密度を上げれば生産量は増えるものの、析出面がざらつき、樹の枝のような突起が伸びて極間短絡を起こしやすい。生産性と品質のバランスを見ながら条件を決めるのが、現場技術者の腕の見せどころである。
めっき・表面処理への応用
金属製品の表面に別の金属の薄い膜をつくる電気めっきも、電気分解の原理をそのまま利用した技術である。被めっき物を陰極にして金属イオンを還元し、数μmから数十μmの皮膜をつくる。品質の基準としては、電気亜鉛めっきについてJIS H 8610、ニッケルおよびニッケル-クロムめっきについてJIS H 8617などが定められている。実務で問題になりやすいのは、製品の形状によって電流密度が偏ることである。角や端部には電流が集中して膜が厚くなり、くぼんだ部分は薄くなりやすい。補助陽極や遮へい板を使って電流の流れを整えることで、膜厚のばらつきを抑えている。
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