標準電極電位|酸化還元の起こりやすさを示す尺度

標準電極電位

標準電極電位とは、電極反応が標準状態にあるときの電位を、標準水素電極(SHE)を0 Vとして表した値である。記号はE°、単位はボルト(V)を用いる。基準となる条件は、温度25 ℃(298.15 K)、気体の分圧1 bar(100 kPa)、溶液中の化学種の活量1である。値が正に大きいほど還元されやすく、負に大きいほど酸化されやすい。酸化還元反応の進む向きや、電池の起電力を見積もるための基本的な尺度として、化学から材料工学まで広く使われている。

単独の電位は測れない

電極1本だけの絶対的な電位は、実験では測定できない。電圧計をつなぐと、必ずもう1本の電極が回路に入ってしまうからである。そこで、ある電極を基準に選び、その電位を0と決めて相対値で比べる方法がとられた。基準に選ばれたのが、白金黒を付けた白金板を水素イオン活量1の酸性溶液に浸し、1 barの水素ガスを吹き込んだ水素電極である。電極電位の理論は、1889年にヴァルター・ネルンストが示した濃度と電位の関係式によって大きく進んだ。標準水素電極を0 Vとする約束はこの流れのなかで定着し、現在は国際純正・応用化学連合(IUPAC)の取り決めとして使われている。

符号は「還元」で書く

半反応をどちら向きに書くかで符号が逆になると混乱するため、1953年のIUPACストックホルム会議以降、半反応は還元反応(酸化体+電子→還元体)の形で書くことに統一された。この取り決めがあるので、表の値はそのまま「還元のされやすさ」として読める。古い教科書のなかには酸化電位で記載したものもあり、符号が逆になっている。文献を参照するときは、どちらの約束で書かれているかを確認したい。

代表的な半反応の値

25 ℃における主な値を下表に示す。上にあるものほど電子を受け取りやすい、つまり強い酸化剤となる。

半反応(還元) E°(V vs SHE) 性質
F2 + 2e− → 2F− +2.87 最も強い酸化剤のひとつ
Au3+ + 3e− → Au +1.50 極めて貴な金属
O2 + 4H+ + 4e− → 2H2O +1.23 水の分解電圧の目安
Ag+ + e− → Ag +0.80 貴金属
Cu2+ + 2e− → Cu +0.34 水素より貴
2H+ + 2e− → H2 0.00 基準
Fe2+ + 2e− → Fe −0.44 鉄鋼の腐食に関与
Zn2+ + 2e− → Zn −0.76 防食めっきに利用
Al3+ + 3e− → Al −1.66 卑だが不動態化しやすい
Li+ + e− → Li −3.04 最も卑な部類

起電力とギブズエネルギー

2つの半反応を組み合わせた電池の標準起電力は、正極と負極の標準電極電位の差で求まる。ダニエル電池なら、+0.34 V −(−0.76 V)=1.10 Vとなる。この値はギブズエネルギー変化と次の式で結ばれている。

ΔG° = −nFE°

nは移動する電子の数、Fはファラデー定数(約96485 C/mol)である。ダニエル電池ではn=2なので、ΔG°はおよそ−212 kJ/molと計算できる。起電力が正なら反応は自発的に進む。電位の表は、熱力学データを電圧の形に置き換えたものとみなせる。

濃度や温度が変わったとき

実際の溶液は標準状態にない。濃度が1からずれたときの電位はネルンストの式で補正する。

E = E° − (RT / nF) ln (aRed / aOx)

25 ℃で常用対数に直すと、係数は0.0592/n Vとなる。銅イオン濃度が10分の1になると、Cu2+/Cuの電位は約0.03 V下がる計算である。

pHが関わる反応

水素イオンを含む反応では、電位がpHに依存する。酸素の還元反応はpHが1上がるごとに約0.059 V低下し、pH 14では+0.40 V程度になる。電位とpHの関係を図にまとめたものがプールベ図であり、金属がどの条件で溶けるか、安定な酸化物をつくるかを読み取るのに使われる。

現場で使われる参照電極

標準水素電極は水素ガスの取り扱いが面倒で、日常の測定にはあまり向かない。そのため、電位が安定した参照電極を使い、測定値をSHE基準に換算するのが一般的である。25 ℃での代表例は次のとおり。

  • 標準水素電極(SHE):0.000 V。定義上の基準
  • 飽和カロメル電極(SCE):約+0.241 V。水銀を含むため近年は使用が減少
  • 銀・塩化銀電極(飽和KCl):約+0.197 V。研究・品質管理で最も普及
  • 飽和硫酸銅電極:約+0.316 V。埋設配管の電気防食管理で多用

報告書やデータシートでは「vs Ag/AgCl」のように基準を必ず明記する。基準の書き忘れで0.2 V前後の食い違いが生じ、設計判断を誤った例は少なくない。

イオン化傾向との関係

高校化学で習うイオン化傾向の序列は、おおむね標準電極電位の順に対応している。ただし前者は定性的な並びで、後者は数値で比較できる点に違いがある。リチウムは−3.04 Vとカリウム(−2.93 V)より卑であるのに、水との反応はカリウムのほうが激しい。電位は熱力学的な起こりやすさを示すにすぎず、反応の速さまでは表さないためである。

製造・設備の現場での読み方

ものづくりの現場でこの数値が最も効いてくるのは、腐食と表面処理の分野である。アルミ部材をステンレスボルトで締結すると、電位の低いアルミ側が優先的に溶ける異種金属接触腐食が起きる。ただし、設計で参照すべきは標準電極電位の表ではなく、海水などの実環境で測った「ガルバニック系列」(ASTM G82などに整理)である。ステンレスやアルミは不動態皮膜をもつため、実環境では表の値よりかなり貴な位置にくる。屋外設備では電位差0.25 V程度を超える組み合わせを避け、避けられない場合は絶縁ワッシャーや塗装で電気的に切り離す、という運用が多い。陽極側の面積を小さくすると腐食が集中するので、ボルトのような小部品こそ貴な材料を選ぶのが定石である。

この性質を逆手にとったのが犠牲陽極である。船体や海洋構造物には亜鉛(−0.76 V)、アルミ合金、マグネシウム(−2.37 V)の陽極を取り付け、鉄の代わりに溶かす。マグネシウムは駆動電圧が大きいため土壌のような高抵抗環境向き、亜鉛やアルミ合金は海水向きと使い分けられ、交換周期とコストを比べて選定される。電解めっきでも電位は析出のしやすさを左右し、水素より貴な銅は容易に析出するが、亜鉛やクロムの析出では水素発生との競合が電流効率低下の原因になる。

表の値だけで判断しない

電位差があっても、実際の反応速度は過電圧や皮膜、溶存酸素量に左右される。電気分解で水を分解する場合、理論値1.23 Vに対して工業電解槽では1.8〜2.0 V程度の電圧をかけるのが普通である。標準電極電位は反応の方向を示す地図として使い、速度や寿命の評価には分極曲線の測定や暴露試験を組み合わせる必要がある。

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