旧石器時代|石器を使い出した人類と前縄文文化

旧石器時代

旧石器時代とは、人類が石を打ち欠いて石器を製作し、主たる道具として使用していた時代区分である。最古の石器が出現した約300万年以上前から、磨製石器が普及して土器の使用が始まる新石器時代の手前までを指す。最初はシンプルな形状の土器であるが、次第に複雑なものとなっていった。火や住居の利用、集団での狩猟・採集など、人類が生活の基盤を大きく広げた重要な段階とされる。この時期の文化の発達は極めて緩慢で、おもに打製石器によって動物を解体したり植物を加工したりする技術が発達し、狩猟採集民としての社会形態が形成されていった。

貝塚

貝塚

時代区分と期間

旧石器時代は古くは約240万年前からとされてきたが、近年の研究により、約330万年前の石器がアフリカで出土していることが判明している。大まかに初期・中期・後期に分けられ、初期はホモ・ハビリスなど原初的な人類(猿人原人)の出現期にあたり、打製石器の基礎的な技術が徐々に形成された。続く中期にはホモ・エレクトスやネアンデルタール人(旧人)が活動し、火の使用や石器の高度化が進む。そして後期になるとホモ・サピエンス(新人)が勢力を拡大し、より洗練された石器技術と組織的な狩猟、さらには芸術や装飾品の痕跡なども確認されるようになる。

中石器時代

旧中石器時代は旧石器時代から新石器時代への過渡期の時代である。一般に旧人が活躍した時代である。火の使用や言語の使用もあったとされる。細石器がさかんに使われ、野生の穀物を刈りとり、食料とした。

ネアンデルタール人

ネアンデルタール人は中石器時代を代表する旧人であるが、おもにヨーロッパで生活し、火の使用や、おそらくは毛皮をまとっていた。狩猟が中心でマンモス、トナカイ、馬菜、その他おおくの動物を食べていたと考えられる。複雑な打製石器や埋葬の文化などがあった。

後期旧石器時代

更新世末期(約4万~1万年前)、新人(ホモサピエンス)が現れてから更新世が終わるまでの時期である。現代の我々と同一の種族のヒトである。

人類の進化と石器の発達

旧石器時代を通じて石器は多様化し、人類の解剖学的・文化的進化と密接に結びついていた。初期の石器はコア(石核)から単純に打ち欠いただけの剥片が多かったが、中期にはレヴァロワ技法や剥片技法が確立し、石器が効率的に製作されるようになった。後期には石刃技法や細石刃技法など、石器の大型化や小型化を狙った高度な打製テクニックが確立し、槍先やナイフとしての利用価値が飛躍的に高まった。こうした技術の進歩が人類の脳の発達や社会活動の活性化と相乗的に影響し、人類の行動範囲や食糧の選択肢を拡大させた。

礫石器

ホモハビリス猿人は器用な人という意味する猿人で石器をつかっていた。礫石器と呼ばれるもので石英の手頃な礫を別の石で砕き、鋭利な刃にしていた。砕き方に一定の観衆があり、手を使うことによって道具が生まれた。

剥片石器

石を割るときに剥片から作る石器である。原人のころから使われ出したとされる。小型の薄い破片を使う者で、ナイフ、スクレーパー、錐など、目的を限定して使う道具であった。ある程度手先を器用にし、練習する必要がある。

狩猟採集生活の特色

旧石器時代の人々は、主に野生動物の狩猟や植物の採集に依存して生活していた。移動しながら季節や地域に応じた資源を求める半定住的な生活様式が基本であったと推定されている。大型動物を集団で追い込み、解体した肉や骨、皮などを多面的に利用することで、限られた環境下でも効率的に生存を図った。動物の骨や角、貝殻などを素材とした骨角器や装飾具の存在が確認されることもあり、人々が自然素材を幅広く活用していた様子がうかがえる。

獲得経済

旧石器時代は獲得経済とよばれ、狩猟・漁労・採集を中心として生活していたが、生活は不安定となる。一定の地域内を季節的に移動し、生活していたとみられる。

火の使用

原人において火の使用が確認された。北京原人やヨーロッパの原人から、住んでいた洞窟には焦げた後や焼けた骨・木が見つかっている。

弓矢

弓矢は後期旧石器時代に出現した狩猟・戦闘具である。広範囲に使われるようになった。

環境変動と適応

  1. 度重なる氷期と間氷期の交替によって気候が大きく変動し、動植物の生息域も激しく変化した
  2. こうした環境の変化に合わせて移動範囲を調整し、多様な動植物資源を獲得する戦略が発達した
  3. 適応の一環として衣服や簡易的な住居の痕跡もみられ、生存戦略の多角化が進んだ
  4. 鍛えられた狩猟技術が複数の地域に広まることで、文化的な相互影響が生まれた

代表的な遺跡

旧石器時代の考古学的証拠はアフリカ大陸のみならず、ヨーロッパやアジア、さらにはオセアニアやアメリカ大陸にまで広がっている。特に有名なのはタンザニアのオルドゥヴァイ渓谷で発見された初期ホモ属の石器群や、エチオピアで見つかったロモンギ石器など、初期石器の出現を裏付ける重要遺跡である。ヨーロッパでは南フランスのラスコー洞窟やスペインのアルタミラ洞窟に代表される洞窟壁画があり、芸術的活動が行われた痕跡も後期旧石器時代の特徴として注目されている。

石器製作技術の多様性

旧石器時代における石器製作は、地域や時期によってさまざまな様式が存在する。レヴァロワ技法のように石核の形状をあらかじめ計画的に整えることで、一定の形状の剥片を狙って剥離する方法が一般化した例もあれば、細石刃技法や石刃技法のように連続的に刃状の剥片を採取する高度な手法も開発された。こうした石器製作の多様性は、人類が異なる環境や資源に適応していく中で積み重ねてきた経験と発想の成果といえる。

文化と社会の形成

後期旧石器時代の遺跡からは、動物の骨に残された穴や装飾品、洞窟壁画など、当時の人々の精神文化を示す資料が多く見つかっている。このことは、言語やシンボル操作能力の発達、集団内での役割分担など、人類社会が複雑化していく兆候でもある。骨角器や装飾品の存在は自然素材の包括的利用や宗教・儀礼的な行為の発達を示唆し、社会組織や集団アイデンティティの醸成にも寄与したと考えられている。

骨角器

旧石器時代の後半には骨や角を加工した骨角器の使用が確認されている。鉛・槍・針などの利器や装身具として利用された。

女性裸像

石のヴィーナス像で、出産を象徴して多産や豊作を祈る呪術的なものだと推測される。旧石器時代後期にはユーラシア大陸北部に分布していた。

ホルド(群)

旧石器時代からは、ホルド(horde)と呼ばれる、いくつかの家族が集まった原始的社会集団が作られたと考えられる。獲得経済では、おそらく20~30名の血族団体であったと考えられる。家族は寡夫多妻的な共有婚か一夫多妻的なものであったと思われるが、詳細はわかっていない。

住居

住居ははじめ洞窟が選ばれたが、洪積世末期には丘の上に村落もつくられはじめた。宗教や美術もすでにあらわれたと思われる。

洞穴美術

旧石器時代後期に洞穴内に描かれた絵画や、線刻された彫刻が見つかっている。獲物とした野獣の絵が多く、狩猟の成功を祈った呪術的行為と考えられる。ときには岩壁にも描かれた。

旧石器時代の日本

洪積世(旧石器時代)の日本は大陸と陸続きであったと考えられ、日本列島のナウマンゾウなどの骨や牙の化石が各地で発見されている。このことは、こうした野獣が陸地伝いに日本に渡来したことを示し、現生人類が洪積世に日本に渡来し、居住した可能性を示唆している。

関東ローム層

今から1万~2万年前の洪積世末期になると、陸地の隆起や陥没が繰り返され、日本は大陸から完全に分離されて、現在のような日本列島が形成された。また、このころには火山活動が激しく、噴出した火山灰によってローム層といわれる赤土の地層が堆積した。これは関東地方でとくに顕著なので、関東ローム層といわれる。

前縄文文化

縄文文化の前にも日本に人類がいたと考えられている。縄文文化以前、目立った土器は見つかっていないが、、1946(昭和21)年に群馬県の岩宿で関東ローム層から剥片石器が発見、全国各地にも土器を伴わない打製石器が発見されている。この時代を前縄文文化や無土器文化などと呼ばれる。