方田均税法|土地丈量で隠田を洗い課税是正

方田均税法

方田均税法は、北宋の神宗期に推進された王安石の改革(新法)の中核的な税制再編であり、土地台帳と実測に基づき賦課を平準化することで、豪強による隠田や不均等な負担を是正し、国家財政を安定化させることを目的とした制度である。戸口・田地を郷里単位で再調査し、土壌等級と面積に即した税負担へと改める点に特色がある。

歴史的背景

北宋は財政基盤が商税・地租・役銭に広がっていたが、戦備や官僚制の拡大により歳入の確保が急務となった。既存の賦課は旧籍に依存し、富裕層の土地抱え込みや貸借関係の複雑化により、実態との乖離が拡大していた。神宗の下で宰相となった王安石は、税負担の再配分と徴収の確実化を両立するため、方田均税法を含む一連の新法を打ち出した。

理念と目的

  • 土地実測(「方田」)により面積と等級を客観化し、課税標準を明確化する。
  • 郷・里・戸の階層ごとに税と役の均衡を図り、小農の過重負担を軽減する。
  • 豪族・大商人の隠匿や移転による課税逃れを抑止し、財政基盤を安定させる。
  • 徴収手続の統一化によって地方官の裁量を縮減し、汚職の温床を狭める。

実施手順と技法

施行にあたり、州県は丈量具を用いて田畝を区画・測量し、地力に応じた等級を付す。各戸の保有地は村落単位で相互検証され、図籍が再整備された。これにより、旧来の名寄帳に潜む「隠田」や二重計上が洗い直され、課税額は面積・等級・作付に依拠する形へと近づけられた。均役を貨幣化する募役法や、農繁期の資金繰りを支える青苗法とも連動し、金納ベースでの徴収安定化が図られた。

新法群との相互作用

方田均税法は単独の施策ではなく、価格調整と流通統制を担う市易法、軍政と保伍編成に関わる保甲法、軍馬確保策である保馬法などと補完関係にあった。実測に基づく課税標準の確立は、物資移送や市場介入の費用見積りを現実化し、国家事業の収支計画を立てやすくした点で、他の新法の「会計的基盤」を提供したといえる。

効果と波及

  • 歳入の見通しが改善し、軍需・治水・荒政への公的支出に一定の安定性が生まれた。
  • 小農の名目上の過剰賦課が是正される一方、測量の厳格化は短期的な負担増と受け止められる地域差を生んだ。
  • 地方官の統制が強まり、徴税の恣意は抑制されたが、運用の硬直化という副作用も指摘された。
  • 地籍の更新が、地方社会の階層構造(豪右・中小農・佃戸)を可視化し、後世の社会史研究に資する一次情報を残した。

批判と反発

改革により既得権益を脅かされた郷紳層は、測量の過剰・等級判定の不公正・臨時増徴の常態化などを理由に批判した。保守派は「旧法」への回帰を唱え、政治闘争が激化した。施行現場でも、地形・灌漑・地味差の評価に主観が混入しやすく、統一基準の徹底には限界があった。こうした問題は、改革をめぐる政局の動揺を一層深めることになった。

更化と再編

神宗崩御後、朝廷では旧法党が主導し一部の新法が停止・修正されたが、財政・軍事の要請から、方田均税法的な実測主義と課税標準の明確化は断続的に継承された。地域や時期によって施策の強弱はあれど、地籍更新と税負担の平準化という基本理念は、北宋末から南宋期の財政運営にも影響を与え続けた。

制度的意義

方田均税法の核心は、「実測に基づく課税」という近世的な行政合理化にある。唐の両税法が地域配賦と家産評価の妥協に立脚したのに対し、本法は地籍の精緻化によって税源を把握し、徴収コストと公平性を両立させようとした点で先駆的であった。新法群の中でも、財政国家への道筋を示す制度改革として重みが大きい。

具体的施策の構成

  1. 郷里単位の丈量隊を設け、官私の境界・水利状況・作付実績を踏まえた等級区分を行う。
  2. 図籍の標準様式を統一し、更新周期を定めて恒常的な再調査を制度化する。
  3. 均役金の算定を面積連動に近づけ、募役法の運用を透明化する。
  4. 市場介入費の財源見積りを、市易法の実施枠と連動させ、収支の均衡を保つ。

研究上の位置づけ

史料上は州県レベルの図籍・奏案・庶務文書に痕跡がまとまって見出される。とりわけ村落ごとの丈量結果や土壌等級の判定過程は、税制史のみならず、地域経済史・環境史・行政技術史の交差点として注目される。王安石の改革に対する評価は分かれるが、方田均税法が近世的な「測量・帳簿・基準」の三位一体を国家運営に取り込んだことは、宋代国家の特徴を象徴する事実である。

関連施策との比較補記

方田均税法が税基盤の実測化を担ったのに対し、青苗法は農家の資金繰り支援、市易法は物価安定と流通調整、保甲法は治安・軍政の末端組織化、保馬法は軍馬供給の確保にそれぞれ役割を分担した。制度相互の連携を視野に入れることで、宋代改革の全体像が立体的に把握できる。