抗体
抗体とは、体内に入ってきた異物(抗原)を見分けて特異的に結合する糖タンパク質であり、免疫グロブリン(Immunoglobulin、略称Ig)とも呼ばれる。B細胞から分化した形質細胞がつくり出し、液性免疫の中心となる。ヒトの血清中にはIgGだけで約7〜16 mg/mLが含まれ、病原体や毒素を中和したり排除したりする。現在では医薬品、臨床検査薬、研究試薬として工業的に大量生産されており、バイオ医薬品の中で最大の製品群になっている。
発見から工業生産までの歩み
1890年、エミール・フォン・ベーリングと北里柴三郎は、破傷風やジフテリアの毒素を動物に注射すると、その血清中に毒素を無力化する物質が生じることを報告し、これを抗毒素と名付けた。血清療法の始まりである。抗体の化学的な正体が明らかになったのは20世紀半ばで、ロドニー・ポーターとジェラルド・エーデルマンが1960年前後に分子構造を解き明かし、1972年にノーベル生理学・医学賞を受けた。大きな転機は1975年に訪れる。ジョルジュ・ケーラーとセーサル・ミルスタインが発表したハイブリドーマ法により、単一のB細胞に由来する均一な抗体を際限なく増やせるようになったのである。1986年には世界初の治療用モノクローナル抗体、ムロモナブ-CD3が米国で承認された。
Y字型の分子構造
代表的なIgGは、分子量約50 kDaの重鎖(H鎖)2本と約25 kDaの軽鎖(L鎖)2本がジスルフィド結合でつながった、全体で約150 kDaのY字型分子である。Yの2本の腕をFab領域、柄の部分をFc領域と呼ぶ。Fabの先端にある可変領域には、相補性決定領域(CDR)がH鎖・L鎖それぞれに3か所ずつある。この部分のアミノ酸配列の違いが、どの抗原に結合するかを決める。Fc領域は補体の活性化や免疫細胞の受容体との結合を受け持ち、297番目のアスパラギン(Asn297)に付く糖鎖の形によって働きが変わる。
結合の強さを表す指標
抗体と抗原がどれだけ強く結合するかは、解離定数KDで評価する。
KD = [Ab][Ag] / [AbAg]
[Ab]は遊離抗体、[Ag]は遊離抗原、[AbAg]は複合体の濃度を表す。値が小さいほど結合は強い。医薬品に使われる抗体は10−9 M(nMオーダー)から10−12 M程度のものが多く、測定には表面プラズモン共鳴(SPR)装置が広く使われている。
5つのクラスの比較
ヒトの抗体は、H鎖定常領域の違いによってIgG、IgA、IgM、IgD、IgEの5クラスに分けられる。構造、血中での割合、主に働く場所はクラスごとに大きく異なる。
| クラス | 基本構造 | 分子量(目安) | 血清中の割合 | 主な役割 |
|---|---|---|---|---|
| IgG | 単量体 | 約150 kDa | 約75% | 二次免疫応答の主役。胎盤を通過する |
| IgA | 単量体/二量体 | 160〜385 kDa | 約15% | 唾液・母乳・腸管などの粘膜防御 |
| IgM | 五量体 | 約900 kDa | 約10% | 感染初期に最初につくられる |
| IgD | 単量体 | 約180 kDa | 1%未満 | B細胞表面の抗原受容体 |
| IgE | 単量体 | 約190 kDa | 0.01%未満 | アレルギー反応、寄生虫の排除 |
モノクローナル抗体とポリクローナル抗体
動物に抗原を注射して得られる血清には、抗原上の複数の部位(エピトープ)を認識する多種類の抗体が混ざっている。これがポリクローナル抗体である。ウサギなら2〜3か月ほどで作製でき、検出感度も高いが、ロットごとの差が出やすい。単一のクローンに由来するモノクローナル抗体は1種類のエピトープだけを認識するため、品質を再現しやすい。医薬品はほぼすべてがモノクローナル抗体である。マウス由来の配列を減らす方向で開発が進み、キメラ抗体(語尾-ximab)、ヒト化抗体(-zumab)、完全ヒト抗体(-umab)が登場した。2021年にWHOの国際一般名の命名規則が改定され、新しく命名される抗体には-tugや-bartなどの語尾が使われている。
抗体医薬品の製造プロセス
治療用抗体の多くは、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞に抗体遺伝子を組み込んだ遺伝子組換え細胞株でつくられる。細胞培養には容量2,000〜20,000 Lのバイオリアクターを使い、温度36〜37℃、pH7.0前後、溶存酸素30〜50%程度に保ちながら、約14日間のフェドバッチ培養を行う。培養液中の抗体濃度(力価)は、1990年代には0.1 g/L前後だったものが、現在では3〜10 g/Lまで上がっている。培養が終わると、遠心分離とデプスフィルターによるろ過で細胞を取り除き、精製工程に移る。
精製とウイルス安全性
精製の中心となるのは、プロテインAを固定した担体を使うクロマトグラフィーである。プロテインAがFc領域に選択的に結合する性質を利用するため、1工程で純度を95%以上まで上げられる。その後、pH3.5前後の酸性条件で60分程度保持するウイルス不活化、イオン交換クロマトグラフィー、孔径約20 nmのウイルス除去膜を通して製剤にする。製造現場では、プロテインA樹脂が1 Lあたり100万円を超えることも珍しくないため、樹脂を100〜200サイクルほど繰り返し使えるかどうかが製造原価を大きく左右する。洗浄に使う0.1〜0.5 Mの水酸化ナトリウムにどこまで耐えられるかも、樹脂を選ぶ際に必ず確認される。
品質管理で注視される項目
低分子医薬品と違い、同じ細胞株を使っていても、培養条件がわずかに変わるだけで糖鎖の組成や電荷バリアントが変化する。特に凝集体は投与後に免疫反応を引き起こすおそれがあるため、サイズ排除クロマトグラフィーで含有量を管理する。規格はICH Q6Bガイドラインに沿って設定し、製造はGMPのもとで行う。製造工程を変更したときはICH Q5Eに基づいて変更前後の同等性を示す必要があり、スケールアップの際に大きな作業負担となっている。
診断薬・研究試薬としての利用
治療だけでなく、検査や研究の分野でも抗体は欠かせない。代表的な手法には次のようなものがある。
- ELISA(酵素結合免疫吸着測定法):96ウェルプレート上で目的の物質を定量し、pg/mLレベルまで検出できる
- イムノクロマト法:インフルエンザや新型コロナウイルスの迅速検査キットに使われ、15分ほどで結果が出る
- ウエスタンブロット:電気泳動で分けたタンパク質を膜に写し取って検出する
- フローサイトメトリー:蛍光標識した抗体で、細胞表面の分子を1細胞ずつ解析する
- 免疫組織化学染色:病理診断で、がん組織のHER2などを目に見える形にする
保管と取り扱いの注意点
熱や物理的な刺激に弱いため、液体の抗体製品は2〜8℃での冷蔵保管が基本となる。凍結と融解を繰り返すと変性や凝集が進むので、研究用試薬は小分けにして−20℃以下で保存する。50%グリセロールを加えて凍らせないようにする方法もある。輸送中の振動や容器の壁面への吸着も活性低下の原因になるため、医薬品の製剤にはポリソルベート80などの界面活性剤を0.01〜0.05%程度加えることが多い。研究現場では、同じ製品名でもロットが変わると染色結果が変わったという報告が少なくない。購入前に検証データがあるかを確認しておけば、実験のやり直しを防ぎやすい。
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