引き抜き加工
引き抜き加工は、金属素材をダイス(絞りダイス)に通し、素材を引っ張って断面を縮小させる塑性加工である。線材や棒鋼、管材の寸法精度や表面粗さを高め、加工硬化による強度向上を同時に得られる点が特長である。押出しが圧縮側から材料を押し出すのに対し、引き抜き加工は引張側から材料を引き、流動方向が安定しやすい。ばね用鋼線、電線用銅線、ステンレス細径管、精密シャフトなどで広く用いられる。
位置づけと他工法との違い
引き抜き加工は「体積一定の塑性流動」を利用する加工で、断面減少に伴う真ひずみと加工硬化を制御して目的の寸法と機械的性質を得る。板厚をロールで調整する圧延、金型のキャビティに材料を充満させる型鍛造や、局所圧痕を利用する転造、板材を軸対称に成形するスピンニング、薄板を容器形状に成形するプレス絞り、板の抜き取りで形状を得るプレス抜き、切断加工であるせん断切断と比較し、長尺の線・棒・管を高い真円度・直線度で仕上げられる点に特徴がある。
原理(真ひずみと引抜力)
断面積を入口をA0、出口をA1とすると、真ひずみは ε=ln(A0/A1) で表される。平均的な引抜応力の目安は、材料の流動応力 σf(ε) に、摩擦抵抗とダイス角による付加抵抗を加えた値となり、引抜力は F=σd×A1 で概算する。加工硬化が進むほど必要応力は増すため、複数パスでの段階的な引き抜き加工や中間焼鈍での硬さリセットが重要となる。
工法の種類
- 線材・棒鋼の引き抜き加工:伸線機(マルチダイ)やドラム式で連続的に減面する。
- 管の引き抜き加工:プラグ(固定・フローティング)やマンドレルで内径精度・肉厚を制御する。
- 異形プロファイル引き抜き加工:専用ダイスで溝付・角形などの断面を高精度に形成する。
代表的な工程フロー
- 前処理:酸洗・スケール除去、リン酸塩皮膜や石けん皮膜の形成。
- 潤滑付与:石けん、石灰石けん、ボロン化合物、MoS2 などを目的に応じて選択。
- パス設計:減面率、ダイス角、ベアリング長を設定し、必要に応じ中間焼鈍を挿入。
- 本加工:張力管理の下で引き抜き加工を実行し、冷却・清浄化を行う。
- 仕上げ:矯正、切断、検査(外観、寸法、機械的性質、渦流探傷など)。
潤滑剤と皮膜の例
高炭素鋼線ではリン酸塩+石けんの複合皮膜が一般的で、ステンレスやニッケル基合金ではガラス潤滑やBN、MoS2 を併用することがある。潤滑はダイス摩耗と発熱、表面欠陥の抑制に直結するため、材料と減面率に整合した選定が不可欠である。
工具・条件(ダイスとベアリング)
ダイス材には超硬合金やPCDが用いられ、入口角(半角)・ランド長・R取りが金属流動と摩擦状態を左右する。入口角が小さすぎると摩擦熱が増し、大きすぎると冗長変形が増える。ベアリング部は寸法公差と表面粗さを決める領域であり、冷却・潤滑の導入経路と併せて総合設計する。
ダイス角度の設計指針(概略)
材料強度、減面率、摩擦係数により最適角は変化する。一般に高減面ではやや大きめの角度で冗長変形を抑え、低減面や高摩擦材では小さめにして接触長を確保する。試作段階での実測トルク・温度・引抜力のトレースが有効である。
品質特性と代表的欠陥
- 重視指標:断面減少率、引抜比、真直度、真円度、表面粗さ、硬さ分布、残留応力。
- 主な欠陥:ダイスマーク、ラップ・シーム、皮むけ、割れ、首くびれ(局所延性低下)、管の肉厚偏肉。
- 対策例:前処理の均質化、潤滑強化、ダイス角・ランド最適化、パス分割、適正な中間焼鈍。
パス設計と計算の要点
一パスの減面率は材料延性・潤滑状態で決まり、複数パスで合成ひずみを稼ぐのが安全である。強化が過大になれば延性が低下し破断しやすくなるため、ひずみ硬化曲線と要求強度のバランスを見て焼鈍を挟む。引抜力はオンライン計測で監視し、異常上昇は潤滑切れやダイス摩耗のシグナルとして扱う。
材料と熱処理
低炭素鋼は延性に富み加工性がよい。ピアノ線など高炭素鋼では強度確保のために複数パスと熱処理の組合せが鍵となる。ステンレスやニッケル合金は加工硬化が大きく、管の引き抜き加工ではプラグ材質と潤滑の最適化が不可欠である。銅・アルミは導電・導熱用途で多用され、仕上げ焼なましにより導電率や曲げ加工性を整える。
設備・操業と安全
キャプスタン式伸線、ブルブロック、多段マルチダイ、ベンチ式管引きなどの設備を用いる。操業では線速、張力、温度、潤滑供給を自動制御し、断線時の飛散防護、粉じん対策、ダイス交換の標準化を徹底する。トレーサビリティのためロット・パス・ダイス履歴を管理する。
用途例
引き抜き線はばね、ワイヤロープ、タイヤコード、FA用ケーブル芯線、ベアリング部品や精密ピンに広く使われる。管の引き抜き加工は油空圧配管、熱交換器、医療用カテーテル外管や計測用細径管などで高い寸法安定性が求められる。
関連プロセスとの連携
引き抜き加工は、前後工程で圧延材を素材に採用したり、最終形状を転造で仕上げるなど、各種塑性加工との組合せで生産性と品質を最大化できる。中間での端面処理や必要に応じたせん断切断、薄肉長尺品では補助芯金による支持など、工程全体での整合が重要である。