培地|微生物や細胞の増殖を支える栄養環境

培地

培地とは、微生物や動植物の細胞を人工的に増殖・維持させるために、栄養源や塩類、水分などを配合した基質である。英語ではculture mediumと呼ばれ、研究室での菌の分離から医薬品の大量生産、食品の衛生検査まで幅広く使われている。形状によって液体と固体に大別され、目的に応じて組成が細かく設計される。

ゼラチンから寒天へ、固形培地の誕生

19世紀後半まで、菌の培養は肉汁などの液体で行われていた。この方法では複数の菌が混ざり合い、単一の菌を取り出すことが難しかった。ロベルト・コッホは1881年頃にゼラチンで固めた培地を考案したが、ゼラチンは25℃前後で溶けてしまい、体温付近での培養に向かないという欠点を抱えていた。転機となったのは1882年、コッホの研究室にいたヴァルター・ヘッセの妻ファニーが、家庭でゼリー作りに使っていた寒天を提案したことである。寒天は約85℃以上で溶け、約32〜40℃で固まる性質をもつため、37℃での培養中も形を保てる。1887年にはユリウス・ペトリが浅いガラス皿を考案し、今日の平板培養の形がほぼ完成した。

何が入っているのか

基本的な培地の成分は、目的とする生物が自力で合成できない物質を補うように決められる。一般的な細菌用培地には、おおむね次のような成分が含まれる。

  • 炭素源:グルコースなどの糖類(濃度は0.1〜2%程度が多い)
  • 窒素源:ペプトン、酵母エキス、肉エキスなど
  • 無機塩類:塩化ナトリウム、リン酸塩、マグネシウム塩
  • 緩衝成分:pHを7.0〜7.4付近に保つためのリン酸緩衝液など
  • 固化剤:寒天を1.5%前後添加すると平板として使える硬さになる

ペプトンや酵母エキスのように組成が厳密に定まらない原料を使ったものを天然培地(複合培地)、すべての化学成分と量が明らかなものを合成培地と呼ぶ。後者は再現性に優れ、代謝研究や医薬品製造の工程管理で好まれる。

用途別に見た分類

機能による分類も実務ではよく使われる。代表的な区分を表にまとめた。

分類 主な目的 代表例
普通培地 多くの菌を幅広く増やす 普通寒天培地、標準寒天培地
選択培地 特定の菌だけを生育させる マッコンキー寒天培地、TCBS寒天培地
鑑別培地 コロニーの色などで菌種を見分ける BTB寒天培地、血液寒天培地
増菌培地 少数の目的菌を検出可能な数まで増やす ラッパポート培地、セレナイト培地

選択性を持たせるには、胆汁酸塩や色素、抗生物質などを加えて目的外の菌を抑える。鑑別には糖の分解に伴う酸の生成を指示薬の色変化で読み取る仕組みが多い。

動物細胞・植物組織の場合

動物細胞向けでは、1955年のイーグル培地(翌1959年にMEMとして改良)や、1959年に発表されたダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)が基礎となっている。これらにウシ胎児血清を5〜10%加えて使うのが長らく標準であったが、ロット差や供給面の不安から、現在は無血清・化学的組成既知の製品へ移行が進む。植物では1962年に発表されたムラシゲ・スクーグ(MS)培地が組織培養の定番で、細胞培養や苗の大量増殖に用いられる。

調製と滅菌の実際

粉末を精製水に溶かしたあと、オートクレーブで121℃・約0.1MPa(ゲージ圧)・15〜20分の高圧蒸気滅菌を行うのが一般的である。ただし糖とアミノ酸を含む培地を長く加熱しすぎると、メイラード反応で褐色化し、生育阻害物質が生じることがある。熱に弱いビタミンや血清、抗生物質は、0.22μmのメンブレンフィルターでろ過してから、50℃前後まで冷ました基礎培地に無菌的に加える。平板への分注はクリーンベンチ内で行い、直径90mmのシャーレならおよそ20mLが目安となる。

品質管理と規格

食品や医薬品の検査で使う場合、培地そのものの性能保証が問われる。国際規格ISO 11133は微生物検査用培地の調製と性能試験を定めており、指定された標準菌株で生育性や選択性を確認することが求められる。日本薬局方の無菌試験ではソイビーン・カゼイン・ダイジェスト培地とチオグリコール酸培地が指定され、前者は20〜25℃、後者は30〜35℃で14日間培養する。

現場で見落とされやすいのが保管条件である。自家調製した平板は2〜8℃で保管しても1〜2週間で乾燥や劣化が進むため、使用期限の管理が品質管理上の要点になる。

製造現場での選び方とコスト感

工場の衛生検査室では、乾燥粉末培地を購入して自家調製するか、メーカーの既製平板(生培地)を買うかの判断がつきまとう。粉末は1Lあたりの原価が数十円〜数百円程度と安いが、秤量、溶解、滅菌、分注の人件費とオートクレーブの稼働時間がかかる。検体数が1日数十枚程度なら、既製平板のほうがトータルコストで有利になることも珍しくない。また、外部監査ではロット番号と性能確認記録の紐付けを求められる場合があり、記録を取りやすい既製品を選ぶ企業も多い。

一方、発酵生産の領域では事情が大きく異なる。数十〜数百m³のバイオリアクターで用いる生産用培地は、コーンスティープリカーや糖蜜といった安価な農産副産物を主原料とする。製品原価に占める培地費の割合が大きいため、収率を落とさずに原料単価を下げる配合検討が、工程開発の中心課題となっている。抗体医薬などのバイオ医薬品では逆に、組成既知の高価な無血清培地を使い、供給元の変更管理まで含めて厳格に扱う。

取り扱い上の注意

寒天培地を再加熱して溶かし直す操作は、2回程度までにとどめるのが無難である。繰り返すと寒天のゲル強度が落ち、選択剤も分解する。平板を重ねて培養する際は、結露水がコロニー上に落ちないよう蓋を下にして置く。こうした細かな手順の積み重ねが、検査結果の信頼性を左右する。

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