ヴェルサイユ体制下の欧米諸国|戦間期に揺れる国際秩序

ヴェルサイユ体制下の欧米諸国

ヴェルサイユ条約によって成立したヴェルサイユ体制は、第一次世界大戦後の国際秩序を規定した枠組みであり、とりわけヨーロッパ諸国とアメリカ合衆国の政治・外交・経済の動向を大きく方向づけた体制である。本項ではヴェルサイユ体制下の欧米諸国について、その政治構造、外交戦略、経済関係の特徴を整理し、体制がいかにして不安定さを内包しつつ、やがて第二次世界大戦へとつながっていったのかを概観する。

ヴェルサイユ体制と戦後国際秩序

ヴェルサイユ体制の中心には、パリ講和会議において結ばれた諸講和条約と、それに基づいて創設された国際連盟があった。とくにドイツに対しては領土の割譲、軍備制限、多額の賠償金支払いなど厳しい条件が課され、戦勝国であるイギリスやフランスの安全保障を図ろうとしたのである。同時に、民族自決の原則を掲げて中東欧に多くの新興国を誕生させたが、それらの国境線は必ずしも民族境界と一致せず、領土紛争の火種を残した。こうした政治・領土の再編成は、欧米諸国の外交に長期的な不安定要因をもたらしたといえる。

ヨーロッパ諸国の政治・外交

イギリスとフランスの安全保障政策

戦勝国イギリスとフランスは、ヴェルサイユ体制を自国の安全保障と植民地帝国維持の基盤とみなした。両国はドイツの再軍備や revision を防ぐため、賠償支払いと軍事制限の履行を追求しつつ、国際連盟を通じた集団安全保障に依拠しようとしたのである。1925年には仏独間の国境を保証したロカルノ条約が締結され、表面的には「ロカルノ精神」と呼ばれる協調の雰囲気が生まれた。しかし、フランスは東欧の小国と相互援助条約を結び、ドイツ封じ込めの同盟網を維持しようとする一方、イギリスは財政負担と国民世論から対欧大陸への関与を抑制しようとする傾向が強まり、両国の対独姿勢には温度差が存在した。

ドイツと中東欧諸国の不安定性

敗戦国ドイツは、領土喪失と賠償負担に強い不満を抱き、ヴェルサイユ条約の改定をめざす「改正主義国家」として台頭した。ワイマル共和国は一時的に国際協調の路線をとり、ロカルノ条約や国際連盟加盟を通して体制内での地位回復を図ったが、国内の政治は左右両極の対立に揺れ動き、政局は不安定であった。他方、民族自決により誕生したポーランド、チェコスロヴァキア、ユーゴスラヴィアなどの中東欧諸国は、相互の国境問題や少数民族問題を抱え、戦勝国フランスの支援に依存する構造となった。こうした地域的対立は、ヴェルサイユ体制のもろさを象徴するものであった。

アメリカ合衆国と世界経済

アメリカ合衆国は、講和会議では重要な役割を果たしながらも、最終的にヴェルサイユ条約と国際連盟規約の批准を拒否し、伝統的な孤立主義的傾向を強めた。一方で、経済面ではヨーロッパへの資本輸出を拡大し、ドイツ賠償問題に関してはアメリカ資本を前提とする賠償支払い方式を提案し、欧州経済に深く関与した。ワシントン海軍軍縮条約を含むワシントン会議を主導したことも、軍縮と勢力均衡を通じて自国の利益を守ろうとする姿勢の表れである。しかし1929年に発生した世界恐慌は、アメリカ発の金融・貿易危機として欧州に波及し、ヴェルサイユ体制下の経済秩序を根底から揺るがした。アメリカの政策転換はのちにニューディールなどにつながるが、恐慌初期の保護主義的対応は各国のブロック経済化を促し、国際協調をいっそう困難にした。

軍縮と平和外交の模索

戦間期の欧米諸国は、ヴェルサイユ体制を安定させるために軍縮と平和外交を繰り返し模索した。海軍軍備を制限したワシントン体制のもとで、イギリス・アメリカ・日本などは主力艦 tonnage の上限を受け入れ、海軍競争の抑制が試みられた。また、1928年には戦争を国際紛争解決の手段として放棄することをうたったケロッグ=ブリアン条約が調印され、多くの国が参加した。これらの取り組みは戦争忌避の世論を反映するものであったが、実効的な制裁手段や軍備査察体制を欠いていたため、のちの再軍備や侵略行為を抑止することはできなかった。

ヴェルサイユ体制の矛盾と崩壊への道

ヴェルサイユ体制は、戦勝国の安全保障と賠償確保を優先しつつも、敗戦国と新興国に不満を蓄積させる構造を内包していた。とくにドイツでは経済危機と政治的混乱を背景に急進的勢力が台頭し、体制そのものを否定する動きが強まった。また、イギリスやフランスは国内の疲弊と植民地支配の維持に追われ、対外的には宥和政策や限定的な制裁に傾き、国際連盟を通じた集団安全保障は機能不全に陥った。このように欧米諸国は、当初ヴェルサイユ体制の維持を掲げながらも、自国の経済・国内政治の事情から厳格な体制防衛を行うことができず、結果として改正主義国家の行動を許すこととなった。その帰結として、1930年代後半には体制は事実上崩壊し、ついに第二次世界大戦の勃発へとつながっていったのである。