フォード
フォードとは、米国の実業家ヘンリー=フォードを指し、近代自動車産業と大量生産方式を確立した人物である。彼はT型自動車の普及と組立ラインの導入によって、労働者でも購入可能な低価格車を実現し、20世紀前半のアメリカ合衆国社会と世界経済の構造を大きく変化させた。また、その経営手法や賃金政策は「フォーディズム」と呼ばれ、資本主義社会における生産と消費の在り方を象徴する概念となった。
生い立ちと企業家としての歩み
フォードは1863年、ミシガン州の農家に生まれた。若い頃から機械いじりを好み、蒸気機関や内燃機関に興味を示した。やがてエジソン社の技師として働きながら実験を重ね、試作車を完成させると、自らの自動車会社設立を目指すようになった。1903年にフォード・モーター社を創業し、廉価で耐久性の高い大衆車の開発に経営資源を集中させたのである。
T型フォードと大量生産方式
1908年に発売されたT型車は、ヘンリー=フォードの構想を体現した大衆車であった。部品を極力標準化し、組立作業を細分化したうえでコンベヤーで車体を流すベルトコンベヤー方式を導入することで、組立時間とコストを劇的に削減した。この方式は工場労働のリズムを一変させ、多くの産業に模倣されることになり、「フォーディズム」は近代的な大量生産の代名詞となった。
高賃金政策と労働管理
フォードは1914年に「1日5ドル」という当時としては高水準の賃金を提示し、労働者の離職率を抑えるとともに、自社製品の購入能力を高めようとした。この政策は、労働者が自社工場で生産した商品を自ら消費するというモデルを示し、後のアメリカ合衆国の繁栄を支える大量消費社会の一側面となった。他方で、生活指導を行う部門を設けるなど、企業による強い統制も行い、労働組合に対しては強硬な姿勢をとったことでも知られる。
アメリカ社会と戦間期への影響
T型車の普及は農村と都市の移動を容易にし、郊外の発展やレジャー文化の広がりを促した。道路整備や石油産業の成長も、この過程で大きく進展した。とりわけ1920年代のアメリカ合衆国戦間期には、クーリッジ政権期の景気拡大と結びつき、アメリカ合衆国の繁栄を象徴する存在となった。大量生産・大量消費のメカニズムの背後には、ヘンリー=フォードの工場があるといわれるほどである。
世界への波及とソ連への影響
ヘンリー=フォードの生産方式は、五カ年計画(第1次ソ連)の工業化政策を進めるソビエト連邦からも注目された。ソ連はトラクター工場などの建設でコルホーズやソフホーズ向け機械の大量生産を図り、その参考として米国の自動車工場を見ることがあったとされる。このように、フォードの工業技術は資本主義国家のみならず社会主義国家にも影響を与え、20世紀世界の工業化の象徴となった。
思想と評価
ヘンリー=フォードは合理的生産を追求する一方で、保守的かつ排外的な思想も持ち、反ユダヤ的な論説を掲載した新聞を発行したことでも批判を受けた。後に表向きには撤回や謝罪がなされたが、その言動は評価を複雑なものとしている。現在、ヘンリー=フォードは、技術革新と社会変化を推進した一方で、その影の側面も含めて近代産業社会の矛盾を体現する人物として理解されている。