サハラ|世界最大級の熱帯砂漠

サハラ

サハラは北アフリカに広がる巨大な砂漠地帯であり、世界最大の熱帯砂漠として知られる地域である。西は大西洋岸から東はナイル川流域と紅海沿岸まで、北は地中海沿岸とアトラス山脈から南はサヘル地帯に至るまで広がり、現在のモロッコアルジェリアチュニジアリビアエジプトなど複数の国家にまたがっている。厳しい気候から一見すると人間の生活に不向きな土地に見えるが、先史時代の湿潤期にはサバンナや湖が広がり、多くの生物と人類が活動した歴史を持つ。現在でもオアシスや交易路を通じて周辺地域と結びつき、北アフリカと黒人アフリカを結ぶ結節点として重要な意味を持ってきた地域である。

地理的範囲と地形

サハラは面積約900万km2とされ、ほぼアメリカ合衆国本土に匹敵する広がりをもつ。地形は一様な砂の海ではなく、砂丘地帯であるエルグ、礫砂漠であるレグ、岩石砂漠のハマダなど多様な姿を示す。中央部にはアハッガル山地やティベスティ山地などの高地がそびえ、そこから周囲へ向けてワジと呼ばれる枯れ川がのびている。また、地下水が湧き出るオアシスではナツメヤシ栽培が行われ、キャラバンの補給地点として歴史的に重要な役割を果たしてきた。

気候と自然環境

サハラの気候は極度に乾燥しており、年間降水量はほとんどの地域で100mmに満たない。日中は気温が40度を超える一方、夜間には急激に冷え込むなど、寒暖差が激しいのが特徴である。植生は限られ、砂丘地帯にはわずかな耐乾性植物が点在する程度であるが、オアシス周辺や山地斜面にはより豊かな植生が見られる。近代以降、過放牧や森林伐採、気候変動の影響により砂漠化が問題となり、周辺のサヘル地帯では食糧危機と結びついた環境問題として国際的な関心を集めている。

先史時代のサハラと人類活動

現在は乾燥した砂漠であるが、過去のサハラは必ずしも砂漠ではなかった。完新世初期には「緑のサハラ」とも呼ばれる湿潤期があり、多数の湖や河川が存在したと考えられている。岩壁画や岩刻画には牛やキリン、ワニ、さらには舟と人間の姿が描かれ、牧畜や狩猟採集生活の痕跡が確認される。やがて気候が乾燥化すると人々はナイル川流域やマグリブ沿岸、サヘル地帯へ移動し、その一部はナイル文明や北アフリカの諸社会の形成に寄与したと考えられている。

サハラと隊商交易

サハラは長らく北アフリカと西アフリカを結ぶ隊商交易の舞台であった。ベルベル系の遊牧民やトゥアレグといった集団がラクダを用いてキャラバンを組織し、塩、金、奴隷、布などの物資を運んだ。イスラームが北アフリカと西アフリカに広がると、イスラーム世界の交易網と結びつき、サハラ南縁の都市は学問と宗教、商業の中心地として栄えた。代表的な都市には、西アフリカ側のティンブクトゥやガオ、北アフリカ側のシジルマサなどが知られている。

イスラーム世界と文化交流

中世以降、サハラはイスラーム世界の内部空間として位置づけられた。マグリブの都市とサヘルの王国を結ぶ隊商路は、物資だけでなく学者やスーフィー、巡礼者を運び、コーランやアラビア文字、法学や神学の知識が伝播した。西アフリカのイスラーム王国や学問都市の発展は、この長距離ネットワークに支えられていたといえる。こうした交流は、のちにアフリカ分割が進む近代期においても、地域社会内部の一体感や文化的連続性を保つ役割を果たした。

植民地支配と国境形成

19世紀末から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパ列強によるアフリカ分割が進むと、サハラも植民地支配の対象となった。フランスは北アフリカと西アフリカの領有を連結するため内陸進出を図り、隊商路やオアシスを掌握していった。イタリアやスペインも一部地域を支配し、現在の国境線の多くはこの時期に引かれた直線的な境界を受け継いでいる。植民地支配の過程で遊牧民の移動は制限され、伝統的な社会構造は大きな変容を強いられた。この経験は、独立後の国家形成やナショナリズムの展開にも影響を与えた。

現代のサハラと資源開発

20世紀後半以降、サハラは石油や天然ガス、ウランなど地下資源の開発を通じて国際経済と結びつきを強めてきた。特にアルジェリアリビア、ニジェールなどでは資源開発が国家財政の基盤となっている。一方で、資源産出地域には政治的不安定や武装勢力の活動が見られ、治安問題が深刻化している。また、観光資源としての砂漠ツーリズムも注目され、オアシス都市や岩壁画遺跡を訪れる旅行者が増えたが、治安悪化により制限を受ける地域も多い。

環境問題と気候変動

サハラは地球規模の気候システムにも影響を与えている。砂嵐によって巻き上げられた砂塵は、大西洋を越えてアマゾン流域にまで運ばれ、養分供給の一因となると指摘される一方、大気汚染や健康被害の要因ともなっている。近年は地球温暖化との関連で、砂漠化の拡大や降水パターンの変化が議論されており、サヘル地帯の農牧業への影響が懸念されている。植林や持続的土地利用を通じた対策が模索されているが、政治的な安定と地域協力が不可欠である。

文化的イメージとサハラ

サハラは、ヨーロッパや中東、アフリカの人々にとって、過酷な自然や「未知の世界」の象徴として文学や映画、探検記の中にたびたび登場してきた。19世紀以降のヨーロッパ人探検家の記録や、遊牧民社会を描いた民族誌は、この地域への関心を高める一方、ステレオタイプなイメージを固定化する側面もあった。今日では、現地住民の視点から歴史や文化を描き直そうとする研究も進み、遊牧民やオアシス住民の生活世界を、単なる「砂漠」の背景ではなく、独自の社会と歴史を持つ主体として捉え直す試みが続けられている。