アッラー|イスラームの唯一絶対神を指す名

アッラー

アッラーはイスラームにおける唯一絶対の神であり、天地の創造主、裁き主、慈悲と導きの源泉である。語はアラビア語の定冠詞「al」と「神」を指す「ilah」が結合した形と解され、同語はクルアーンの中心概念として、信仰(イーマーン)・礼拝(イバーダ)・共同体(ウンマ)の統合原理を担う。信条上は「タウヒード(唯一神信仰)」の対象で、被造物と混同し得ない超越性と、世界に働きかける近接性(慈悲)を併せもつ。ムハンマドの宣教はアッラーのみを神とする徹底を掲げ、部族間の慣行や偶像に依存した秩序を再編した点に歴史的意義がある。イスラーム世界の政治・法・学問・芸術は、この神観を軸に展開した。

語源と神名の理解

アッラーの語源は一般に「al-ilah」にさかのぼると説明され、アラビア語圏のユダヤ教徒やキリスト教徒も神を指して本語を用いた歴史をもつ。イスラームにおいては固有名としての重みが強く、礼拝や誓い、法的宣言において繰り返し唱えられる。発音は喉音をともなう重い「ラーム」に特徴があり、書写や朗唱は信心の実践として位置づく。

唯一性(タウヒード)と超越

アッラーは唯一で、比肩できる存在はない。神に相手を並べる行為(シルク)は最大の罪とされ、多神や偶像の否定が信仰の核心を成す。神は時間・空間・物質に制約されず、かつ全知全能であるため、人間理性の射程を超える。ゆえに神像の造立は避けられ、言葉・法・共同体実践を媒介に神へ近づく構図が成立した。

慈悲と支配:「ラフマーン/ラヒーム」

アッラーは徹底して慈悲深いとされ、しばしば「ar-Rahman」「ar-Rahim」と結び付けて称される。被造世界の存在そのものが慈悲の表れと理解され、罪過からの回心もまた神の導きによる。厳正な裁きと無限の慈愛が併存する点に、敬虔(タクワ)と希望(ラジャー)の均衡が生まれる。

クルアーンと「99の美名」

啓典クルアーンはアッラーの言葉として尊ばれ、「アル=アスマー・アル=フスナー(美名)」と呼ばれる属性名群が神の完全性を指し示す。たとえば「全知」「全能」「公正」「寛恕」などである。名は本質の分割を意味せず、人間理解への手がかりとして提示される。朗唱と暗誦は信仰と学芸の基礎であり、法学・神学・神秘主義に広く影響を与えた。

ムハンマド以前とジャーヒリーヤ

預言以前のアラビアでは部族社会の多神的慣行が優勢であったが、最高神観念としてアッラーを知る層もあったとされる。ムハンマドの宣教は、旧来の慣習(ジャーヒリーヤ)を超え、「神のみを神とする」一神化を共同体の規範に据え直した点に新しさがある。メッカのカアバは偶像から解放され、唯一神礼拝の中心として再定義された。

信仰実践と法

  • 礼拝:毎日の礼拝はアッラーへの直接の帰依を身体化する行為であり、共同体のリズムを形成する。

  • 断食・喜捨:苦楽の共有と浄財は神前の平等を体現し、貧富格差の是正を導く。

  • 巡礼:アラビア半島の聖域への巡礼は、歴史記憶と恩寵を確認する儀礼である。

法と倫理における神意

イスラーム法はアッラーの意志(シャリーア)を人間社会で実現する試みと理解される。正義・公正・誠実・契約履行といった倫理は神意から根拠づけられ、個人の敬虔だけでなく公共善の追求が説かれる。学派差はあれ、目的論(マカースィド)により人間の五益保全が重視される。

芸術・書の美と偶像回避

造形による神像化を避ける伝統のもと、書道と幾何学文様が発達した。書の装飾においてアッラーの名は卓越した主題であり、建築・器物・写本に顕著である。これらは視覚芸術を通じた敬虔の表現であり、同時に言葉への畏敬を示す。

翻訳・用語の注意

アッラーはしばしば「神」と訳されるが、イスラーム神学に特有の唯一性・啓示理解・法倫理との結合を踏まえる必要がある。外来語としての「Allah」を安易に異教の神名と同一視するのではなく、文脈に即して把握することが学術上も実務上も望ましい。

歴史的展開と共同体

初期共同体はアッラーへの帰依を指針に迅速に拡大し、征服と改宗、保護民制度など多層の現実と折り合いながら秩序を築いた。イスラーム帝国の成立は政治権力と信仰原理の関係をめぐる新課題を生み、神学・法学・神秘主義の精緻化が促進された。遊牧の文化資源を背景にもつベドウィンや、広域に展開したアラブ人の言語・詩・部族規範も、神名理解の語り口に影響を与えた。

誤解と現代的論点

現代社会では、政治言説やメディア表象によりアッラー像が単純化されることがある。学術研究は典礼・法・思想・社会実践の相互作用に着目し、地域差や時代差を丁寧に描く。初期史の再検討や、啓典解釈をめぐる議論は、イスラーム教の誕生から今日に至る長い射程で継続している。

発音・表記の補足

日本語表記では「アッラー」が一般的で、英語では半角の「Allah」を用いる。音価上の促音は神名の尊称と結び付く慣用であり、書写ではアッラーの名に特別な装飾を施す伝統がある。

歴史地理との関連

信仰の中心地はメッカおよび周辺地域にあり、初期の布教と移住はアラビア半島の交易路・祭祀・部族関係と密接に連動した。こうした文脈把握は神名への理解を一層具体化する。