高杉晋作|長州藩,おもしろきこともなき世をおもしろく

高杉晋作

幕末期の長州藩士。奇兵隊の創設者。長州藩の保守派と対抗し、倒幕の歴史的な流れを作った。クーデター挙兵によって長州藩をまとめあげ、その後の政局に大きな影響を与えた。幕長戦争では長州軍を指揮して幕府軍を退けた。

高杉晋作

高杉晋作

目次

高杉晋作の略年

1839年 毛利藩士高杉小忠太の長男として誕生
1857年 松下村塾入塾
1860年 軍艦教授所に入所するが、船乗りとしての才能がなく諦める。井上マサと結婚
1862年 留学生として上海に行く。12月イギリス公使館焼討ち決行
1863年 奇兵隊を結成する
1864年 脱藩の罪で野山獄につながれる。四国艦隊下関砲撃事件。連合艦隊との講和条約締結。
1867年 病死

高杉晋作生誕

天保10年(1839年)、長州藩士高杉小忠太と妻・道の長男として誕生する。幼いころから利発で負けん気の強い子どもであった。高杉家は代々藩主側近を輩出した名門で小忠太は当時二万石。小納戸を務めていた。14歳の頃、藩校明倫館で儒学や古典を学んでいた。規範的な授業が合わず、落第を繰り返しやがて退学する。遅くとも安政4年(1857)には吉田松陰の松下村塾に入塾する。19歳の頃である。松下村塾では久坂玄瑞と共に「松門の双璧」と称され、極めて優秀であった。松下村塾は、志があれば誰もが入塾できるもので、後の奇兵隊につながる。

江戸へ遊学

安政5年(1858年)、江戸に遊学し、昌平黌に学ぶ。万延元年(1860)に軍艦教授方に入り、明倫館舎長ともなる。東北遊学を始めて、加藤有隣・佐久間象山・横井小楠らと出会う。佐久間象山からは外国を見るように進められ、後に上海へ留学することとなる。

作詩

作詩に長けており、370種あまりの歌を残した。多くの詩は、自由奔放に生きた型破りの生き方を象徴している。

三千世界のからすを殺し 主と朝寝がしてみたい

翼(よく)あらば 千里の外も飛びめぐり よろづの国を見んとぞおもふ

おもしろきこともなき世をおもしろく すまなしものは心なりけり

上海留学

文久元年(1861)、長州藩世子の毛利定広の小姓役となる。文久2年(1862)、高杉晋作が24歳のとき、幕府の使節団に加わって上海へ向かう。太平天国の乱や欧米列強で揺れる清国を目の当たりにして、危機感を抱いた。上海は英・仏の属地となれり、と語り、日本の行く末の懸念と倒幕への思いを抱いた。上海滞在で薩摩藩士の五代友厚や肥前藩士の中牟田倉之助らと親しくなった。

英国公使館へ焼き討ち

上海からの帰国後、久坂玄瑞伊藤俊輔(博文)井上聞多(馨)らと共に品川御殿山の英国公使館を焼き討ちにした。

吉田松陰の死去

安政の大獄の巻き沿いのため、師である吉田松陰が獄死する。文久3年(1863)、久坂玄瑞伊藤俊輔(博文)らと吉田松陰の遺骨を小塚原から若林村大夫山(東京都世田谷区若林四丁目、現在の松陰神社)に改葬する。

奇兵隊

帰国後に倒幕を公然と触れ回った高杉晋作は長州藩の保守派と対立関係になる。10年待てと言われ、売り言葉に買い言葉で10年間の暇を願い出た。出家と称して「東行」と号した。しかし、長州藩が外国船砲撃して反撃を受けた際に、藩主から下関防御を任されて奇兵隊を結成した。

奇兵隊組織図

奇兵隊組織図

長州藩の脱藩

元治元年(1864)、長州藩の京都進発をめぐって推進派と対立し、高杉晋作は脱藩する。一時期、野山獄に投ぜられたが、長州藩が四カ国(イギリス・フランス・アメリカ・オランダ)艦隊の下関戦争に破れると、赦免されて四ヶ国との講和交渉にあたった。

四ヶ国との講和交渉

会談は高杉晋作と、通訳の井上馨、伊藤博文、がイギリスの旗艦ユリアラス号に乗り込んで行われた。奇抜な格好をし、意味不明な演説をひたすら続け、相手国の意表を突いた。相手国の高杉晋作の印象は悪くなく、以後、イギリスは長州藩に近づくこととなる。

家老は、黄色の光に大きな淡青色の紋章(桐の葉と花)のついた大紋と称する礼服を着て、絹の帽子をかぶっていたが・・・・(アーネストサトウ)

高杉晋作

高杉晋作

長州の保守派への挙兵

一方で長州藩内の反対派との対立も激化し、高杉晋作は北九州へ亡命し、野村望東尼の世話を受ける。やがて下関に帰還し、伊藤俊輔(博文)ら少数と共に功山寺で挙兵する。少数ながらも破竹の勢いで進撃し、反対派から権力を奪取する。

死去

慶応2年(1866)の幕長戦争では長州軍を率いて活躍するが、慶応3年(1867)に病を悪化させて馬関で死去した。

猛烈の奇兵
何の志す処そ
一死をもって
邦家(国)に報いんと要す
よろこぶべし
名遂げ功成るの後
共に招魂場上の花とならん

参考文献

一坂太郎『高杉晋作―情熱と挑戦の生涯』(KADOKAWA、2014年)。
一坂太郎『高杉晋作』(文藝春秋、2002年)。
『国史大辞典』「高杉晋作」(執筆:田中彰)。