松下村塾|吉田松陰,誓って神国の幹とならん

松下村塾

松下村塾は外国に対して危惧した吉田松陰が立ち上げた塾である。身分にかかわらず、志のある者は誰もが入ることが出来た。松下村塾では個性を重んじた授業が行われ、講義の内容は日本を取り巻く国際情勢を中心に、欧米列強の軍事力の脅威を説き、幕府の政策を厳しく批判した。松下村塾には高杉晋作久坂玄瑞伊藤博文山縣有朋など日本の代表する政治家や幕末の志士が輩出した。

松下村塾

松下村塾

目次

松下村塾の概要

当時は黒船来航して以来、日本は、欧米列強に開国を求められた。吉田松陰は日本の行く末を危惧し、若者達を育て未来にそれを託そうとした。叔父の玉木文之進が中断していた私塾の松下村塾を再興し、長州の若者を集めた。書物の知識を実世界で生かすことを中心に講義し、米搗きや養蚕を行いながら勉学を進めた。木造瓦葺き平屋建ての小さな小屋で最初にあった八畳の部屋と、後に建設された十畳半の小屋となっている。十畳半の小屋は、門下生が増えたため、中谷正亮が設計し、吉田松陰と門下生が増設した。

野山獄

1854年、吉田松陰は外国が見たいと黒船に密航した罪をとわれ、野山獄で牢獄生活を強いられた。厳しい状況の中で、ただ死を待つ11名の囚人と交流を持ち、互いの苦しみを分かち合い、信頼を高めていった。野山獄の中で俳句や漢詩を教え合うようにまでなった。監視までもそれに加わった。

人賢愚(けんぐ)ありと雖(いえど)も、おのおの一、二の才能なきはなし

富永有隣

吉田松陰は野山獄にいた富永有隣とも交流を持とうとするが、傲慢な性格故にそれを拒んだ。吉田松蔭の黒船に密航してまでもアメリカに渡りたいという思いすらも頭ごなしに否定された。そこで吉田松陰は達筆さを認め褒め、字の教えをこいた。長州藩で著名な英学者であった吉田松陰が頭を下げたことにより、富永有隣は、生まれてはじめて心をひらいたと言われている。獄中で書を指導するようになると、これまでとは、見違えるように振る舞ったといわれる。この経験が松下村塾につながる。

松下村塾

野山獄に入ってから一年、恩赦により解放されたが、野山獄の経験が評判になり、松下村塾に多くの長州の若者が入ってきた。彼らは貧しい農民や町人から上級武士まで志しのある者には、すべての人物を教えた。松下村塾はわずか一年数ヶ月という短い期間であったが、総理大臣二名を含め、日本を担った多くの人材を生み出した。

松下村塾の実績

長州藩は、日本本州の西端に位置する田舎ではあるが、吉田松陰は、そこから日本を代表する、未来を担う人物を教育することを志した。わずか1年数ヶ月で92名の人材が育ち、初代総理大臣の伊藤博文や三代総理大臣の山縣有朋の総理大臣2名を始め大臣4名、県知事4名を輩出した。奇兵隊を組織した高杉晋作や尊王攘夷派をまとめた久坂玄瑞など、幕末を代表する政治家や志士などが代表される。

松下村塾で学ぶ人々

松下村塾で学ぶ人々

久坂玄瑞

久坂玄瑞は松下村塾で英才として知られ、尊王攘夷派の指導的役割を果たした。吉田松陰の妹と結婚している。藩を超えた尊王攘夷派をまとめ上げ、江戸や京で活動し、禁門の変では圧倒的多数の幕府軍と衝突した。

高杉晋作

高杉晋作は、松下村塾に学び、尊王攘夷運動を展開した。下関防備を任され、身分に関わらない民衆で組織された奇兵隊を創設した。功山寺で挙兵し、保守派を排除し、藩論を倒幕に展示させた。第二次長州征伐において幕府を圧倒し勝利に導いた。

伊藤博文

伊藤博文は、薩長同盟を成し遂げ、倒幕を果たした。初代総理大臣として明治政府の指導者となる。初代枢密院議長、初代貴族員議長、初代韓国統監を歴任した。中国のハルビンで安重根によって暗殺された。

山縣有朋

山縣有朋は、奇兵隊の軍監として活躍し、この経験から近代陸軍の創設を行った。三代総理大臣を務めた。陸軍・海軍の区別、徴兵令、軍人勅諭などの軍政の整備改革を行った。

木戸孝允

木戸孝允は、西郷隆盛、大久保利通らと薩長同盟を実現させた。五箇条の誓文の草案を起草した。新政府の開明派の指導的役割を担い、近代化政策を推進した。征韓論に反対し、下野したが、後に初代の参議として国政に参加した。

井上馨

井上馨は、幕末には尊王攘夷派の志士として活躍した。第一次伊藤内閣の外務大臣として財政の整備と外交を担った。欧化政策が政府内外の批判にあい、辞任に追い込まれたが、後に農商務相、内相を歴任した。

吉田稔磨

吉田稔麿は、16歳で松下村塾に参加し、吉田松陰の門下生となる。下関の外国船砲撃に加わり、奇兵隊にも参加している。尊王攘夷派の志士であるが、池田屋事件新選組に襲われ自害した。

入江九一

入江九一は、尊王攘夷派の志士である。吉田松陰とともに間部詮勝(老中)暗殺を計画した。奇兵隊の結成に参加して参謀となっている。禁門の変で戦死をとげた。

前原一誠

前原一誠は、倒幕運動を先頭に立ち、明治維新の政府では参議として活躍した。国民皆兵政策に反対し、木戸孝允とも対立して下野、荻の乱を起こした。

品川弥二郎

品川弥二郎は共同運輸会社を設立した。第一次松方内閣の内務大臣を務めた。