朱子|朱子学の思想家,理気二元論,性即理の説,居敬窮理

朱子

朱子(1130~1200)は、宋代の儒者で朱子学の大成者。本名は朱熹といい、字は元晦(仲晦)、南剣州尤渓県(現在の福建省)に生まれた。主著は、『四書集註」『近思録』である。宋の時代の儒学者で朱子学を作ったことで知られる。役人で儒学者であった父に育てられ、19歳で科挙に合格した。24歳の頃から儒学者の李延平に学び、また張南軒・呂祖謙との交流から両者の影響を大きくうけたと言われている。特に46歳のとき、呂祖謙とともに『近思録』を編成した。
役人としてはあまり恵まれず、地方官として赴任することが多かった。飢餓を救済したり、白鹿洞書院を復興するなどの成果を上げたが、政治の堕落に批判的であったため、多くの反感を買う。ただし、役人として出世に不遇だった一方、学問に費やす時間は多く、彼の偉大なる成果を生み出す一因ともなる。彼の思想は朱子学と呼ばれ、中国のみならず、日本においても大きな影響を与えた。

朱子学と陽明学の比較

朱子学と陽明学の比較

目次

朱子の略年

1130 南剣州尤渓県で生まれる。
1143 役人であった父が死去。
1148 科挙に合格。
1151 官職に就く。
1181 陸象山が朱子を訪ねる。
1187 陸象山との間で論争が起こる。
1190 四墨と四経を刊行する。
1196 官吏の資格を奪われ、朱子学への攻擊が始まる。
1200 死去。

朱子学

朱子が構築した学問で形而下学的な「気」と形而上学的な「理」をたて、「気」と「理」の関係を明確にた。儒教のひとつで宋学(人間の道徳心を宇宙の原理と結びつけて考える学問)の影響を強く受けている。朱子学の学問的成果は、生成論、存在論、心性論、修養論に渡る。人間は感情や欲求に歪められた本性を本来の理そのものである本性に戻すため、欲を抑制して理を救命する厳しい態度を持ち、個々の者の理を極めて智慧を完成しなければならない。日本でも後醍醐天皇や楠木正成を中心に歴史的に影響は大きい。

理気二元論

宇宙の万物は、宇宙の規範原理であり非物質的な「理」と、物質的な「気」からなる。理とは、道理・条理・論理・理念・倫理を示す。気は気体状の物質で凝固した状態を質という。気を素材として生まれた物は、物の原理である理を宿しており、理と気が合わさって万物が成立するとした。
また、朱子は、道徳についても理・気の二つの要素で説明しようとした。人間は、理に基づいた本然の性と気に基づいた気質の性からなるが、人間は人欲に支配された気質の性を克服して、人間のあるべき姿である本然の性に立ち返るベきである。

天地の間には、理と気があります。理は形而上の道であり、物を生じる根本です。
気は形而下の器であり、物を生じる素材です。
そこで人や物が生じる際には、必ず(天より)理をうけて、はじめて本性がそなわり、必ず(天より)気をうけて、はじめて形体がそなわります。その本性と形体とで、一身を構成するわけですが、その(形而上の)道と(形而下の)器との間には、きっぱりとしたけじめがあって、乱してはならないものです。

性即理の説

人間の本性は、理(本然の性)であるとする考えで、天から理が与えられることで、理は五常(仁・義・礼・智・信)となり、道徳の根底をなす。しかし、気の作用によってこれが妨げられ、善が発現しにくくなる。こうして欲望などにより本然の性としての理を失いがちであるため、気を取り除いて理のままの本然の性に戻ることが重要とされる。

居敬窮理

本然の性をおおい隠す人欲(気)をぬぐい去るために、万物にみられる理を窮め (窮理)、理に従い身をつつしむこと (居敬) が重要である。人は自己の感情や欲望を抑制し、立ち振舞を厳粛にして道理に従わなければならない。このように理をつきつめ理に従い、理の下で行動すれば、物事はうまく行き、社会は道徳秩序を保つことができる。

  • 居敬:私利私欲を抑えて理に従い、厳粛に敬の心をもつこと。
  • 窮理:事物に内在する理を探求し確認すること。

格物致知

理を窮めるためには、事物に内在する個別の理を客観的につかみ (格物)、後天的知を拡充する (致知)ことが必要である。知を確実にするためには、世界を貫く理法や論理を重んじ、ひとつひとつの物の理を極致までつきめなければならない。しすれば、万物全体を支配する理法を悟ることができる。

一身の根本を深く究めるには、物に培ってその知を致めなければなりません。
そもそも、物に格るとは、理をきわめることであります。
物があれば、必ず理がそなわっております。
けれども理は形がなくて,見分けにくく、物は形態があって、目につきやすいものであります。
ゆえに物によって理を求め、理が心にはっきりと見えて、わずかの間違いもなければ、物事に対応するのに、おのずからわずかのあやまりもありません。
そこで意は誠になり、心は正しくなって、一身が修まります。
家が斉い、国が治まり、天下が平らかになるということまで、すべてこれによるのです。

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