市民
市民とは、本来は都市に住み、共同体の成員として法的地位と政治参加の資格をもつ人々を指す語である。古代ギリシアのポリスの自由民やローマのローマ市民から、中世ヨーロッパの自治都市の住民、近代国民国家の有権者へと、その意味は歴史的に変化してきた。現代では、単に国家に属する「国民」よりも、公共的課題に主体的に関わる能動的な個人としての市民というニュアンスが強調されることが多い。
語義と基本概念
日本語の市民という語は、「都市の住民」という字義に由来しつつ、近代以降は政治的・法的主体としての意味を帯びてきた。単に行政上の「住民」や社会経済的に弱い階層を表す「庶民」とは区別され、権利と義務を自覚し公共空間に参加する人格として理解される。またフランス語のシトワイヤン、英語のcitizenなどと対応し、これらは近代革命期において身分称号に代わる平等な呼称として用いられた。
古代・中世における市民
古代ギリシアのポリスでは、成年男性自由民のみが市民とされ、民会での発言・投票や公職就任の権利をもった。一方、奴隷・女性・在留外国人はポリスの構成員であっても市民身分から排除されていた。ローマではローマ市民権が帝国支配の拡大に応じて段階的に拡張され、最終的には属州住民にも与えられるようになる。中世ヨーロッパでは、封建領主から特権を獲得した自治都市の住民が市民階層を形成し、商工業活動や都市自治を担った。
近代市民階級と国家
16〜18世紀になると、商工業と金融に従事する都市の市民階級は、伝統的な貴族や聖職者と異なる利害と価値観を形成した。イングランドでは、議会を通じて王権と対立したジェントリや商人層が、清教徒革命とその後のコモンウェルス体制を支えたとされる。彼らの一部は土地の共有や平等を主張するディガーズや、急進的民主主義を掲げた水平派のような運動にも結びつき、市民像に「自由で平等な個人」という理想を付け加えた。
この時期、海上貿易をめぐってイングランドとオランダの間で起こった英蘭戦争や、それに関連する航海法は、海運業者や商人など都市市民層の利害と深く結びついていた。また、イングランドによるスコットランド征服やアイルランド征服は、国家領域の拡大と統合を通じて、誰が市民たりうるかという問題をいっそう鋭く提起した。
市民権と政治参加
近代国民国家の成立にともない、市民は主権者として政治共同体を構成するとみなされるようになった。選挙権・被選挙権・言論や集会の自由などの権利は、もともと財産をもつ男性市民に限定されていたが、19〜20世紀を通じて、普通選挙の導入や女性参政権の獲得などを通じて拡大していく。とくに共和政体制の広がりは、世襲君主ではなく市民が国家の正当性の源泉であるという発想を強めた。
- 政治的権利としての選挙権・被選挙権
- 表現・結社・宗教の自由などの市民的自由
- 教育・社会保障など、社会権としての側面
これらの権利は、単に与えられるものではなく、歴史的にはデモやストライキ、革命など、市民自身の運動によって勝ち取られてきたと理解されている。
現代社会における市民の役割
今日では、国家の枠を超えた人の移動や情報流通が進み、グローバルな都市空間に生きる市民の姿が注目されている。国際金融と文化の一大拠点であるニューヨークのような巨大都市では、多様な出自をもつ人々が共に暮らし、自治体レベルの政治参加や地域活動を通じて都市社会を形作っている。環境問題、人権、平和などの課題に取り組むNGOやボランティア活動も、国家だけでなく、主体的に行動する市民が国境を越えて連帯する場として重要である。このように、現代の市民は、国家の成員であると同時に、地域社会と世界社会の双方にまたがって公共性を担う存在として位置づけられている。