ディガーズ
ディガーズは、17世紀イングランドのピューリタン革命期に出現した急進的な農民・職人の宗教社会運動である。彼らは「真の水平派(True Levellers)」とも呼ばれ、私有財産、とりわけ土地私有を否定し、大地はすべての人びとが共有すべき「共通の宝庫」であると主張した。1649年、サリー州セント・ジョージズ・ヒルにおいて公共地を耕作し、共同体的な生活を実践しようとしたことで知られ、のちの社会主義・農本主義・キリスト教的共産主義の先駆的運動として位置づけられている。
成立の背景
ディガーズの成立背景には、長期にわたるイングランドの社会経済的変動と内戦がある。16世紀以降、羊毛生産拡大のための囲い込みが進み、多くの農民が土地から追い立てられた。17世紀に入ると、不況と失業、物価高騰が進行し、都市にも農村にも貧民が増大した。こうした中で、議会を支持する議会派と国王チャールズ1世を支える王党派との対立が激化し、内戦が勃発する。内戦の過程で、兵士や都市民のあいだには急進的な政治・宗教思想が広まり、選挙権拡大を求める水平派とともに、大胆な社会改革を志向するディガーズが登場したのである。
指導者と名称
ディガーズの理論的指導者とされるのがジェラード・ウィンスタンリーである。もともと小商人であったが、経済的困窮を経験し、聖書を読み込む中で、神が創造した大地は誰にも独占されてはならないという確信に至った。彼はパンフレットや小冊子を通じて、貧しい人びとに土地共有を呼びかけ、その実践のために仲間とともに公共地を耕作し始めた。「Diggers」という名称は、彼らが地面を掘って耕作したことに由来し、その行為自体が既存の社会秩序への象徴的な挑戦であった。
宗教思想と社会思想
ディガーズの思想は、キリスト教的平等観と急進的な社会批判が結びついたものである。ウィンスタンリーは、アダム以前の原初の状態では、大地はすべての人びとの共有物であり、私有財産は「堕落」以後に生まれた不正義だと考えた。したがって、真のキリスト教世界を実現するには、土地の私有と階級支配を廃し、人びとが互いに奉仕し合う共同体を築く必要があるとした。この点で、議会制と法の支配を重視する共和政思想よりも一歩踏み込んだ、社会構造の根本的変革を目指していたといえる。
キリスト教的平等観
ディガーズは、神の前ではすべての人間が平等であるという宗教的信念から出発した。貴族や地主、聖職者といった身分は人間が勝手に作り出した仕組みにすぎず、キリスト教の精神に反すると批判した。彼らにとって、真の信仰とは教会組織への服従ではなく、隣人愛と共同労働の実践であり、その実現の場が土地の共同耕作であった。この宗教的平等観は、のちの急進的プロテスタントや非国教徒、さらには近代的な人権思想とも接続しうる要素を持っていた。
土地共有と反囲い込み
ディガーズの主張の中心は、土地共有と囲い込み反対である。彼らは公共地や荒地を開墾し、共同体の成員が労働と収穫を分かち合う仕組みを提案した。これは単に貧民救済策ではなく、地主による地代収入や貨幣による搾取そのものの否定につながるものであった。この点で、選挙権や法の平等を重視する水平派よりも社会経済構造への批判性が強く、のちの農民運動や社会主義思想から、「最初期の共産主義的運動」と評価される所以である。
具体的な活動と弾圧
1649年、チャールズ1世の処刑とコモンウェルス樹立を受けて、強権的王政が打倒されたにもかかわらず、貧困と格差が解消されないことに不満が高まった。こうした中でディガーズは、サリー州セント・ジョージズ・ヒルで公共地を耕作し、家屋を建て、共同生活を始めた。この試みは周辺の地主や農民の強い反発を呼び、裁判所への訴えや暴力的襲撃が繰り返された。最終的には、地元の有力者や軍によって小規模な共同体は解体され、他地域での試みも長続きしなかった。
クロムウェル政権との関係
議会軍を率いたクロムウェルとディガーズの関係は複雑である。クロムウェルは、内戦期には兵士や急進派の動きをある程度利用しつつも、秩序維持と財産権の保護を重視していた。新体制の安定を望む支配層にとって、土地共有を唱えるディガーズは潜在的に危険な存在であり、新型軍や官僚機構は彼らを積極的に保護しようとはしなかった。その結果、ネースビーの戦いなどを通じて内戦に勝利した後の体制は、急進的な社会改革ではなく、従来の土地所有秩序を基本的に維持したままの共和政へと落ち着いていった。
他の急進派との違い
ディガーズは、同時期の急進派である独立派や議会派と比較すると、政治制度よりも社会経済構造の変革に重点を置いていたといえる。水平派が選挙制度改革や議会主権を重視したのに対し、ディガーズは土地制度の改革と共同体的生活を重視した。そのため、短期的な政治交渉にはほとんど影響を与えなかったが、長期的には土地問題と社会正義を結びつける思想として重要な意味を持つことになった。
歴史的意義と後世への影響
ディガーズの運動は数年で弾圧され、人口規模も小さかったが、その思想的影響は大きい。まず、土地所有と貧困の問題を宗教的・倫理的観点から批判した点で、のちの農民運動やキリスト教社会主義に受け継がれた。また、共同労働と平等な分配を掲げる姿勢は、19世紀以降の社会主義・共産主義思想とも通じる要素を持つ。20世紀には、歴史学者や思想史家によって再評価が進み、ピューリタン革命期の急進派の一翼として位置づけられるようになった。現代でも、環境運動や共同体運動の一部は、土地を「共通の財」とみなす発想を共有しており、その源流のひとつとしてディガーズが語られることがある。