新型軍
新型軍は、17世紀半ばのイングランドでピューリタン革命のさなかに編成された議会派の常備軍である。従来の地方民兵や一時的な徴募軍に代わり、全国的に統一された指揮系統と訓練を備えた近代的軍隊として構想され、後のヨーロッパ諸国の軍制に大きな影響を与えた。英語では New Model Army と呼ばれ、総司令官フェアファクスと副司令官クロムウェルの指導の下、国王チャールズ1世を支持する王党派に対して決定的勝利を収めたことで知られる。
成立の背景
17世紀前半のイングランドでは、課税権や宗教政策をめぐり国王と議会の対立が深まり、やがてスコットランドの反乱や短期・長期議会の召集を通じて政治危機が先鋭化した。内戦が勃発すると、国王側と議会側はともに地方貴族や民兵に依拠したが、その戦闘力は必ずしも安定せず、指揮官の出自や地方利害によって統一的運用が妨げられた。この状況を打開するため、議会は1645年に軍制改革を行い、既存の諸軍を再編成して新型軍を創設し、職業軍人化と全国的な統一指揮を実現しようとしたのである。
編制と軍事的特徴
新型軍は歩兵・騎兵・砲兵からなる常備軍として編成され、総兵力はおよそ2万名規模と想定された。部隊編制や俸給は中央政府が一元的に管理し、士官任用においても身分より能力や忠誠を重視する傾向が強かった点に特徴がある。兵士には赤い軍服が支給され、統一された装備と訓練によって、従来の寄せ集めの軍勢より高い規律と機動力を発揮した。
- 新型軍の騎兵は、クロムウェル率いる「Ironsides(鉄騎隊)」を母体としており、突撃力と追撃能力に優れた。
- 歩兵は火縄銃兵と槍兵を組み合わせた戦術を用い、火力と防御を両立させることを目指した。
- 兵士は定期的な訓練と教練を受け、戦場での隊形維持や協同戦術を徹底された。
宗教的・社会的性格
新型軍の兵士や将校の多くは、敬虔なプロテスタントであり、特に急進的な清教徒が多かったとされる。軍隊内部には説教や聖書研究の場が設けられ、兵士たちは自らの戦いを神意の実現と結びつけて理解した。この宗教的志向は、イングランド社会に存在した多様なプロテスタント諸派と結びつき、イギリスの宗教各派の中でも急進的な潮流を政治の前面に押し出す役割を果たした。
とりわけ、議会内で強い影響力を持った独立派は、国家教会の一元的支配に反対し、信仰の自由を重んじる立場から新型軍を支持した。軍の下級将校や兵士の中には政治的急進派も多く、軍隊は単なる戦闘組織にとどまらず、革命期イングランドにおける新しい政治意識と社会思想の温床ともなった。
ピューリタン革命における役割
新型軍は、内戦の転換点となった1645年のネイズビーの戦いなどで王党軍を撃破し、戦局を議会派に有利に導いた。その後も地方の拠点都市を次々に制圧し、国王勢力を軍事的に包囲することで、イングランド全土における政権掌握の前提を築いた。軍の勝利は議会側の交渉立場を強める一方、兵士への未払い賃金や戦後処理をめぐる対立を通じて、軍と議会との新たな緊張も生み出した。
やがて新型軍はロンドンに進軍して政治交渉に直接介入し、一部の議員を排除する「プライドのパージ」を通じて、国王チャールズ1世の裁判と処刑への道を開いた。この過程で軍は、単なる議会の道具ではなく、自立した政治勢力として行動するようになり、イングランド共和国期の体制維持にも深く関与したのである。
歴史的意義
新型軍は、特定の君主ではなく議会・国家への忠誠を掲げる常備軍として構想され、軍隊と市民社会との関係に新しいモデルを示した。軍制改革、職業軍人の育成、統一された装備や訓練といった諸要素は、後のイギリス陸軍のみならず、ヨーロッパ諸国の軍編制に影響を与えたと評価される。一方で、強力な政治意識を持つ軍隊がしばしば議会や市民の意思を凌駕しうることを示した点で、軍事力と立憲政治のバランスという課題も提起した。ピューリタン革命の文脈において、新型軍は軍事・宗教・政治が交差する近代史上の重要な事例であるといえる。