大乗仏教|中国や日本に伝わった大きな乗りものの仏教

大乗仏教

大乗仏教とは、保守化・形式化した部派仏教(小乗仏教)に対して、紀元前後から革新運動として起った新しい仏教。大乗とは「大きな乗りもの」の意味で、自ら大乗と称した。菩薩信仰に基づいて、すべての人間の救済をめざし、広く民衆に受け入れられた。おもに中央アジアを経て中国・朝鮮・日本・チベット・モンゴルに伝わり、北伝仏教・北方仏教ともいう。仏典はサンスクリット語で書かれている。

菩薩信仰

菩薩とは元来、仏陀になるため修行中の者を指すが、大乗仏教ではすべての人びとを救済することをめざして行に励み、自らも解脱を得ようとする者を指した。その信仰は大乗仏教の中心思想をなす。

菩薩行

自分を犠牲にして他人のためにつくす菩薩行を重視し、また諸仏・諸菩薩を拝することによって僧俗に関係なく救われるとした。

サータヴァーハナ朝

仏陀の没後、仏教マガダ国を中心にいくつかの教団に分かれて活動していたが、前3世紀マウリヤ朝アショーカ王の保護により飛躍的に発展した。南インドにサータヴァーハナ朝が興ると、自由な気風のなかで、竜樹(ナーガールジュナ)たちの大乗仏教運動が起こる。

ナーガールジュナ(竜樹)

ナーガールジュナ(竜樹)は、2~3世紀バラモン出身の仏教学者である。「空」の思想を確立したこと知られ、『中論』を著して、大乗仏教の理論を確立した。

クシャーナ朝のカニシカ王

クシャーナ朝カニシカ王(2世紀)の保護をきっかけに大乗仏教が栄えた。クシャーナ朝は中央アジア出身であったため仏教は中央アジアのシルクロードに沿い、中国、モンゴル、朝鮮、日本へと伝えられた。

サンスクリット語

原典はサンスクリット語で書かれ、チベット訳、漢訳の大蔵経がある。

小乗仏教批判

大乗仏教の人々は、自己の完成(解脱)をひたすら求める伝統的な仏教を独善的な小乗(小さな乗り物)と批判し、自分たちの立場を大乗(大きな乗り物)と称した。そのため小乗仏教徒は、大乗仏教側の差別的なニュアンスが含まれた呼び方である。本来は、部派仏教という。

アサンガ・ヴァスバンドゥ

4世紀のころのインドではヒンドゥー教に圧され、勢いは失われたが、アサンガ(無着、310頃~390頃)、ヴァスバンドゥ(世親、300頃~400頃)兄弟によって大乗仏教が進展した。