十七条憲法(憲法十七条)|「和を貴しとし」,聖徳太子

十七条憲法(憲法十七条)

十七条憲法とは、604年、聖徳太子により制定されたと伝えられる日本最古の成文法である。今日の憲法とは異なり、中国をベースとした統一国家を目標に各地の豪族たちも含めて新国家の理想的官僚像を訓示したもので、厳密には法ではない。そこには「和」を尊重することや仏教的価値である「三宝」を重要視するなど、当時の日本の文化や政治状況が反映されており、現在の日本にもその影響が伝わる。(外来思想
聖徳太子は、斑鳩宮において、数人の官僚と草案作成に苦心していたが、この憲法の完成をみないまま、この世を去ったと言われている。

目次

十七条憲法の全文

十七条憲法 原文十七条憲法 書き下し文
十七条憲法 書き下し文

十七条憲法 書き下し文

wikipedia:十七条憲法
十七条憲法 原文

十七条憲法 原文

wikipedia:十七条憲法

十七条憲法の特色

  1. 儒教思想が取り入れられ、組織的人間関係が説かれていること
  2. 大王から臣下である臣(おみ)・運(むらじ)・伴造(とものみやつこ)・国造(くにのみやつこ)ら支配層への訓示
  3. 官僚相互および官僚と人民との「和」が強調されていること
  4. 仏教を重んじてそれを普遍的な摂理とみなしていること(三宝・凡夫)
  5. 儒教・仏教・道教・法家の経典の章句を盛りこまれている。

第1条「和を貴しとし」

聖徳太子は十七条憲法の第一条で「和をもって貴し、忤ふることなきを宗とせよ」と説いている。「和」とは、共同体における根本精神であり、自分や他人、共同体の構成員が和やかに調和し、理想に向かって活発に話し合い、物事を進めていく精神である。これは単なる従順ではない。
なお、「和」については、『論語』など中国の思想に影響されて書かれたと考えられるが、ここで聖徳太子により、明示的強調されている。和の精神は、集団の「和」に優先的価値に置く日本人の思想や集団主義的な文化を育てて、現在でも大きな影響を与えている。

第2条「篤く三宝を敬え」

三宝とは、仏・法・僧の三つを世の宝にたとえていう。仏は、真理を悟った者としての仏陀、法はその典理すなわち仏陀の教え、僧は仏陀の教えを修行し実践している者の共同体のことである。十七条憲法の中で、「篤く三宝を敬え」と説き、この三宝を重要と説いた。

第3条「謹み」

君臣関係を天地に、天皇の命を受けたならば、かならず謹み(つつしみ)、それに従わなければならいない。

第10条「ともにこれ凡夫なるのみ」

凡夫とは、仏の眼から見たとき、欲望にとらわれて迷う存在としての人間であるといえる。聖徳太子は十七条憲法の中で、「ともにこれ凡夫なるのみ」」と説いているが、これは自分と相手の意見が対立した際に、自分が正しく相手が間違っていると思いこむことを戒めいる。仏の眼から見れば両者とも凡夫であって、どちらが絶対的に正しいということはないと説き、自らが凡夫であることの自覚を持つように求めた。この凡夫であることが和の前提となる。

第12条 「無断で税をとってはならない」

全国の人民はすべて大王を主と仰ぎ、国宰(くにのみこともち)や国造(くにのみやつこ)は大王の臣僚にすぎなず、民に対して不当な中間搾取をすることを禁じた。

第17条 「独断での判断の禁止」

推古天皇聖徳太子・大臣蘇我馬子という権力の下で、大夫(まえつきみ)たちの会議の原則を示した。