ムハンマド|イスラム教の開祖,アッラー,メッカ,コーラン

ムハンマド

ムハンマド(マホメット、モハメット、571?〜632)はイスラム教の開祖。最大にして人類最後の預言者と位置づけられる。ムハンマドは、クライシュ族のハーシムケに属する証人の子としてうまれた。その後、すぐに孤児となり、叔父のアブー・ターリブに養育される。25歳の頃、富裕な未亡人ハディージャの代理として隊商に加わったのをきっかけにハディージャと結婚する。ヒラー山の洞窟の中でうとうとしていたときにガブリエルが現れ、最初の啓示を得る。その後、啓示の内容を宣教してまわるが、そのムハンマドの宣教に当時の人達が宗教的だけではなく、経財的、政治的、部族伝統と対立したものであったため、激しい対立が行われる。対立する部族から迫害にあい、メッカを追われるものの、その後、仲間を集め、異教徒に改宗を迫ったり、商隊を襲うなどの聖戦(ジハード)を行いながら、政治的、経済的、宗教的に大きな権威を持って再びメッカに戻ってきた。

目次

ムハンマドの略年

570 ムハンマドがクライシュ族の子として誕生する。
595 未亡人ハディージャー結婚。
610 はじめて神の啓示を受け、メッカで布教活動開始する
622 ムハンマドは迫害を受けメディナへ移住 (聖遷、イスラーム暦元年)
630 メッカを無血征服に成功する。
632 ムハンマドが死去。
650  『クルアーン』の編纂。

イスラム教発祥の歴史背景

5世紀ごろ、メッカにて、のちにムハンドを輩出するクライシュ族が定住し、商業が発展した。6世紀にはメッカは文化を含めた重要都市としてアラビア半島で最も栄えた都市に発展することになる。しかしながら、経済的な繁栄は貧富の差をもたらし、貧困層は潜在的な社会不安とった。ムハンマドは自身が商業で一定の成功を持ちながらも、それら貧困層の思いをくんだことで、イスラム教は多くの支持を得、世界的に広まった。

1.ムハンマドの生涯:生誕から啓示

ムハンマドは570年ごろ、クライシュ族の名門ハーシム家に生まれたが、早くに両親と死別してしまう。貧しい叔父の家業を助けつつ、隊商に加わり、各地を旅して歩いた。その旅の中でユダヤ教キリスト教などの影響を受けたと推測される。後に一神教のイスラム教を生みだすこととなる。そして、25歳の時、年上の裕福な未亡人ハディージャと結婚し、貧しい暮らしから脱出することができた。
神からの啓示をうけたのは、40歳のころであった。メッカ郊外のヒーラの洞窟で瞑想していた時に、天使ガブリエルを通して「起きて警告せよ」という唯一神アッラーの啓示にはじめて接した。その後、何度か同じことがおこり、自分は神の言葉を預かる預言者だと確信し、布教活動を始めた。

ハーシム家

ハーシム家は、クライシュ族の中の有力商業貴族でムハンマドの生家である。分家にアリー家やアッバース家がある。

最初期の啓示の内容

  1. 神のちからと恩恵。人間、家畜、牧草、果実、その他所々の自然の成長、成育、変化はすべて神の力による創造の結果である。しかし、そのような神の創造行為はみんな人間のための恩恵である。
  2. 復活と最後の審判。終末が間近に迫っている。
  3. 神に対する人間の対応としての感謝と礼拝。
  4. 施善、とくに喜捨のすすめ。神の恩恵に対応する道は感謝だけではなく、弱き者、貧しい者を助け喜捨などの善行の中でそれを表現すること
  5. ムハンマドの預言者としての使命。

2.ムハンマドの生涯:啓示から迫害

神の啓示を受け、イスラム教の普及活動を行ったムハンマドであったが、唯一神への絶対帰依を求める教えと、神の前での万人の平等といった主張は、商業が発展した、貧困層を前提とする当時の経済体制と、多神教を特徴とする、カーバ神殿のもつ宗教的権威と衝突することとなり、しだいに迫害され、メッカを追い出されることになる。

3.ムハンマドの生涯:ヒジュラからメッカ制圧

622年、風当たりは強くなり、メディナへ移往(聖遷,ヒジュラ)を余儀なくした。ムハンマドは、そこでムスリムの信仰共同体であるウンマを組織した。ウンマを率いてジハード(聖戦)を繰り返し、商隊を襲い富を強奪することで勢力を拡大していった。敵対勢力と衝突が本格化することになったが、圧倒的劣勢の中、健闘を繰り返し、630年にはメッカの町を征服することに成功する。そして、カーバ神殿にあった様々な偶像360体を破壊して、ここをイスラームの聖殿とした。

ウンマ

ウンマは、イスラーム教徒の共同体である。ムハンマドがメディナへ移住後、彼に率いられた信徒の共同体として成立した。

4.ムハンマドの生涯:アラビア半島制圧

ムハンマドは、わずか10年未満の短期間でアラビア半島のほぼ全域へと征服範囲を広げ、アラビア半島を宗教的にも政治的にも統一することになる。ムハンマドは暴力的であった一面、部族間の争いが絶えず、貧富の差が拡大したアラブ杜会において、奇跡とも思える躍進を成し遂げた。ムハンマドはアッラーの前での平等を説き、孤児や貧者を救う同胞愛、社会的な正義を唱えて、部族の対立を超えたイスラム国家を建設した。

メディナ

メディナは、メッカの北約300kmヒジャーズ中部のオアシス都市である。「預言者の町」の意味で、旧名はヤスリブ。ムハンマドの墓廟があり、メッカにつぐイスラーム教第二の聖地となっている。622年のムハンマド移住以後、対メッカ戦の拠点となり、第3代正統カリフ、ウスマーンの死の656年まで、イスラーム世界の首都となった。

イスラム教

イスラム教のイスラムとは、「平和であること」「神への絶対的帰依」という意味で唯一神アッラーに絶対的に服従し、その教えを守ることを表す。三大聖地(メッカ、メディナ、エルサレム)。西アジアの一神教の伝統を受け継ぐ宗教としてユダヤ教キリスト教の影響を受けており、アッラーは人類の祖アダム、アブラハム、モーセ、イエスなどに啓示を述べてきたが、最後に預言者ムハンマドに啓示を説く。アッラー・天使・聖典・預言者・来世・天命の6つを信じる六信と信仰告白・礼拝・断食・喜捨・巡礼の5つの五行を行わなければならない。

イスラム教徒の祈り
イスラム教徒の祈り

六信五行:六信

六信
アッラー・・・唯一神
天使・・・神の言葉を伝える役割を果たす。天使ガブリエル。
聖典・・・『コーラン』。他ユダヤ教キリスト教の聖典も含む。
預言者・・・神の啓示を受けた人類祖アダム、アブラハム、モーセ、イエスなどから、最後はムハンマド。
来世・・・神の最後の審判によって人間なh生前の行いに従って天国や地獄に振り分けられる。
天命・・・この世の一切の出来事が神アッラーの意思による。

六信五行:五行

五行
信仰告白(シャハーダ)・・・アッラーの他に神はなく、ムハンマドは神の使徒である。
礼拝(サラート)・・・一日に5回、聖地メッカの方向に祈る。
断食(サウム)・・・ラマダーンの月(断食月)に日の出から日没まで何も口にせず飢えの体験を通して食べ物を恵む神に感謝する。
喜捨(ザカート)・・・貧しい同胞を助けるため宗教上の救貧税でラマダーン月の終わった後にモスク(礼拝堂)に持っていく。現金、小麦、米などを与える。
巡礼(ハッジ)・・・聖地メッカに参ること。

コーラン

天使ガブリエルから神アッラーの啓示をうけたものをまとめたものを『コーラン』と呼ぶ。はじめはヒラー山の洞窟で最初の啓示を受けた後も啓示を受け続けた。

ほんとうの経験とは、おまえたちが顔を東に西に向けることではない。それは、神と終末の日と天使と啓示と預言者たちを信じ、親族・孤児・貧者・旅人・乞食に、そして奴隷たちのために自分の大切な財を分け与え、礼拝の努めを守り、喜捨を行う者、不幸や艱難に逆境のときにも耐え忍ぶ者のことである。これこそ誠実な者、神を畏れる者。

神アッラーの声を聞き伝道する

宣教の熱意は、異教徒に強制的改宗を迫る聖戦 (ジハード) として、しばしば実行された。後代に中近東、北アフリカ、東南アジアなどに伝播。ヨーロッパ文化にも多大な影響を与える。


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