ニヒリズム(虚無主義)|伝統的な価値や権威の否定と破壊

ニヒリズム nihilism

ニヒリズム(虚無主義)とは、伝統的な価値観や権威をすべて否定し、破壊しようとする思想である。ラテン語で無を意味するニヒル(nihill)に由来し、虚無主義と訳される。もっとも確実で価値あるものとされてきたものを無価値として否定する立場をいう。ニヒリズムでは、無神論、汎神論、観念論、形而上学を非難的に扱うことが多い。

ニヒリズムの背景

19世紀頃、フランス革命キリスト教を否定する科学の発展、産業革命による生産体制の変化は、これまでヨーロッパにあった政治理念、キリスト教的倫理観を揺らがした。文明の進歩は人々に物質的な幸福をもたらしたが、過酷な労働や景観は工場化し、人々は生の目的や信仰、善悪の基準などが崩壊した。人々の中に価値が喪失した時代が現れることになる。

L・S・メルシエ

フランスのL・S・メルシエは『新語法あるいは新語辞典』(1801)において、ニヒリストを「なにも信じず、なににも関心を示さないひと」と定義した。

ツルゲーネフの小説『父と子』

19世紀に、ツルゲーネフの小説『父と子』(1862)で、伝統的な宗教や道徳に反抗する無神論の人びとをニヒリストと呼び、一般的に知られるようになる。『父と子』におけるニヒリズムは、極端な合理主義的な見解に基づき、既成の道徳、伝統的な宗教、慣習、制度を破壊しようとする立場を示す。

ヤコービのフィヒテ批判

ドイツの哲学者ヤコービは、カント哲学を徹底したフィヒテの知識学をニヒリズムであると批判した。知識学は、すべての現象がぜっていてき自我によって作られると証明したことで、人間を神にまで高めた。しかし、そのことは、経験的な自我によって作られた中傷物にすぎず、空虚な無の中から脱出することはできない。このニヒリズムから対抗するには、生きる神に対する敬虔な信仰に頼るしかない、とした。

ニーチェ

ニーチェは、ニヒリズムを特定の学説や思想をさすのではなく、ヨーロッパの文化生活全体を蝕んでいる病弊を意味する。ニーチェは、19世紀におけるキリスト教の没落を神の死と呼び、それにともなって二千年間、ヨーロッパを支配してきたキリスト教的価値観やプラトン以来の形而上学が崩壊し、ヨーロッパはデカダンス(頽廃)におちいっていると説いた。
そして今や、世界の統一的な秩序が消滅し、人生の目的や意味が見失われるニヒリズムが到来したと説いた。ニーチェは、神の死を叫ぶ反キリスト者として、力への意志に基づく超人をとなえ、神の支配にかわる人間の絶対的な主権を主張した。(ニーチェのニヒリズム

能動的ニヒリズム・受動的ニヒリズム

ニーチェはニヒリズムを受動的ニヒリズムと能動的ニヒリズムに分けた。
受動的ニヒリズム:既存の価値に依存し、その崩壊に価値喪失を抱くニヒリズム
能動的ニヒリズム:既存の価値を破壊し、自分自身で新しい価値や目的を作り出す姿勢で生きるニヒリズム

ハイデガーのニーチェ批判

ハイデガーニーチェによってニヒリズムを克服した、と評価し、力への意志と永久回帰を、西洋近代の伝統的な形而上学に対する価値として高く評価した。しかし、一転、ハイデガーは、ニーチェへの評価を変え、力への意志を主体的な意志を根本的実在ではないかと投げかけ、存在を表象的で対象的な存在と同一視していることを指摘した。これは伝統的な形而上学が有する前提と同じとして、ニーチェをニヒリズムの克服者ではなく完成者としている。

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