ジョン・デューイ|哲学と思想,教育,プラグマティズム

ジョン・デューイ  John Dewey  

ジョン・デューイ(1859.10.20-1952.6.1)はアメリカの哲学者、教育学者。プラグマティズムを大成したことで知られる。主著『学校と社会』『哲学の改造』『人間性と行為』『民主主義と教育』。デューイは哲学者としてはプラグマティズムを「実験主義」、「道具主義」として大成させた。人問の生活や行動は問題解決の探究の場であり、知識や概念はそのための手段である。哲学的真理とは普遍的価値ではなく、幸福や利益を得るための道具である。また教育に関心を持ち、教育学者としては「進歩主義教育」「問題解決学習」の原理を確立して、日本を含む、諸外国にも大きな影響を与えたほか、政治学や社会学の分野にも貢献した。

ジョン・デューイ

ジョン・デューイ

デューイの生涯

アメリカ合衆国のニューイングランド地方バーモント州バーリントンで食料品店を経営する家庭で生まれた。バーモント大学に進学し、進化論の講義を担当していたダーウィンの影響を受けた。卒業後はペンシルヴァニアで中学教師となるが、1882年に発表した論文が認められたのをきっかけに、故郷のジョンズ-ホプキンス大学大学院で哲学を学ぶ。ここで心理学、倫理学、プラグマティズムを学び、1884年には、ミシガン大学の講師となった。その後しばらくへーゲルに傾倒するがジェームズに影響されてプラグマティズムに傾く。35歲の時シカゴ大学の哲学・心理学・教育学部長となり、37歳の時、実験学校を開設し、進歩主義教育理論を主張した。アメリカ哲学学会・アメリカ大学教授会の会長もつとめた。

各国の訪問

デューイは、自由民主主義の理想が独占的な資本主義の発展によって崩されていく時代に、社会問題に強い関心もつことになる。第一次世界大戦後、各国を歴訪し、人権擁護運動や教員組合の結成など社会貢献運動に関わった。特に専門であった教育革新については、日本(1919年)・中国(1919~21年)・トルコ(1924年)・メキシコ(1926年)・ソ連(1928年)などを訪れて、教育について語っている。

デューイの略年

1859年 バーモント州バーリントンにて出生。
1875年 バーモント大学入学。
1879年 バーモント大学卒業。高校教師となる。
1884年 ミシガン大学の講師となる。
1894年 シカゴ大学主任教授となる。
1896年 教育学の実験学校を開設する
1899年 『学校と社会』を発表する。
1905年 コロンビア大学の哲学教授となる。
1916年 『民主主義と教育』を発表する。
1919年 日本・中国を訪れ、哲学・教育学について講義する。
1920年 『哲学の改造』を著す。
1944年 アメリカ教育連盟の名誉総裁となる。
1952年 死去

真理器具主義(道具主義)

ウィリアム・ジェイムズの死後、プラグマティズムの代表者がデューイである。デューイもその精神はジェイムズと同じであるが、デューイはジェイムズよりも実行的動的であり、また実験的なところがある。彼によると、真理はまず、有効に活動するものでなければならない。すなわち、人間の欲求を実現するための真の道具となりえるものが真理である。この意味において、彼の哲学は真理器具主義、もしくは道具主義(instrumentalism)と呼ばれている。知識・概念・理論は、人間の生活実践から離れて実在する永遠不変のものではなく、生活過程での矛盾や困難を解決するための「道具」に他ならないとし、絶対者を求めたり、役に立たぬ絶対真理にあこがれるやり方や考えを否定した。あくまでも現実の社会問題や生活の調整や解決の中に哲学の任務を見出し、用具となりえるものを真理とした。

『哲学の改造』からの引用

ある結果を生む——すなわち、鍛冶屋が熱い鉄にある形を与え、医者が回復を早めるように患者の手当てをし、科学の実験者が他のケースにも当てはまる結論を引き出すことが出来るような——ことを意図した行動の方法、反応の仕方は、問題の性質から言って、その結果によってテストされないうちは試験的なもの、不確かなものである。・・・これらのものは、それらをテストする行動の基礎として理解すべきであって、究極的なものとして理解すべきではない。この事実を認めることは頑固なドグマを世界から一掃することである。それは概念、理論、思想体系は使用されることを通じて常に発展し得るものであることの確認である。・・・概念、理論、思想体系は、道具である。すべての道具の場合と同じように、その価値は、それ自身のうちにあるのではなく、その使用の結果に現われる作業能力のうちにある。

実験的知性(創造的知性)

人間と環境の関係である状況が不安定になると、その解決のために探求が始まるが、この探求を担うのが知性である。知性は人間が日常生活において出会う具体的な問題について見通しを立てて解決しようとすると同時に、新しい世界を創造しようとする。すなわち知性は、生活改善や社会構造に役立つ道具であると同時に、創造的なはたらきをするものである。こうした知性のあり方をデューイは実験的知性(創造的知性)と呼んだ。

仮説

真理が絶対的なものであることを否定し、知識や理論などは使用を通じてたえず改善されるべき「仮説」としての性格を持つ。その使用において常に形を変えるためダイナミズム的な特徴を有する。知識や理論の価値は、他の道具と同様、それ自体の中にあるのではなく、実際に使用された場合の結果の有用性にあるとした。

試行錯誤

デューイにおける試行錯誤とは、生活における問題を解決するために、未来を予測しながら実験的に行動し、得られた結果によってその思想を検証するという、実験的知性の探究のあり方を表す。デューイによれば、知性の探究は、生活からの要求→問題設定→仮説→推理→結果による検証という、試行錯誤を繰り返す実験的なプロセスの中で行われる。

デモクラシー(民主主義)

デューイはデモクラシーを単なる政治の形態ではなく、集団生活の形式、すなわち、互いの経験を共有し理解し合う生活様式ととらえた。民主主義の本質は自由の精神であり、それは教育によって育まれるものであると考えた。デューイは教育を重視し、教育による民主主義の実現をめざした。

ジョン・デューイ

ジョン・デューイ

『民主主義と教育』デューイ

われわれの判断基準の二つの要素はともに民主主義を指向している。第一のものは、共有された共同の関心が、より多くの、より多様な事柄に向かうことを意味しているだけでなく、相互の関心を社会統制の一要因として確認することにより深い信頼をおくことをも意味している。
第二のものは、・・・社会集団が互いにより自由に相互作用することを意味しているだ
けでなく、社会的習慣に変化が起こること-すなわち、さまざまな相互交渉によって産み出される新たな状況に対処することによって絶えずそれを適応させること-をも意味しているのである。

教育の面で,われわれはまず次のことに注目する。すなわち、いろいろな関心が相互に浸透しあっており、進歩すなわち[次々に生じる新たな状況への]再適応が考慮すべき重要問題になるような、そういう種類の社会生活を実現するために、民主的共同社会は、他の共同社会よりも、計画的で組織的な教育にいっそう深い関心を向けるようになる、ということである。

問題解決学習

デューイの学習理論は問題解決学習である。学習の本質は、自ら問題を発見し解決していく 能力を身につけていく点にあると規定した。戦後の日本でもその重要性が指摘され、問題解決学習が導入された。

『民主主義と教育』

『民主主義と教育』(1916)はデューイの教育論について書かれている。当時の独占支配が続く資本主義社会や都市への人口集中は民主主義の理想と制度的崩壊が問題となっていた。デューイは『民主主義と教育』において教育によってその危機を突破しようと説いた。

「教育とは、過去の価値の伝達ではなく、未来の新しい価値の創造である」

『哲学の改造』

『哲学の改造』とは、デューイが日本を訪れた際の講義をまとめた哲学の入門書である。1919年に東京大学で講演を行った。古い哲学の伝統を批判しながら、プラグマティズムの立場を平易に説明している。

『人間性と行為』

『人間性と行為』(1922)は創造的知性について書かれており、人間はしばしば一定の習慣と環境との間で安定した関係を保っている。しかし、新たな問題が発生すると、その関係は崩れ、新しい条件を分析して新しい習慣を形成しようとする、創造的な知性が働きはじめる。

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