音響放射
音響放射(Acoustic Emission, AE)は、材料内部で微小な破壊・塑性すべり・相変態などの不可逆過程が生じた瞬間に、弾性波として放出される微弱な高周波信号である。固体中を伝播した弾性波は表面に設置した圧電センサーで電気信号に変換でき、非破壊のまま損傷の発生・進展を高感度に検出する手法として用いられる。AEは「発生源が自ら鳴く」現象であり、負荷中の部材や設備の健全性監視、品質保証、研究開発に広く適用される。
原理と発生メカニズム
結晶欠陥のすべり、微小き裂の生成・進展、繊維脱離、摩耗、相変態などの局所イベントが、瞬間的な応力解放を伴い弾性波を放出する。弾性波はバルク材では縦波・横波、板材ではLamb波(S0、A0)として広帯域(概ね50–1000 kHz)に現れる。伝播中の減衰・分散・モード変換により到達波形は変形するため、材料・形状・周波数帯に応じた解釈が必要となる。関連する基礎方程式は波動方程式で表される。
計測パラメータ
- Amplitude(dB換算)、RMS、Energy:イベント強度の指標。
- Count、Rise time、Duration:波形の立ち上がり・持続の特徴量。
- Hit/Event:しきい値超過による単発検出と、その群としての事象。
- Frequency centroid、Peak frequency:損傷種別の推定に有効。
- b値解析:振幅分布の傾きから損傷進展度を評価。
センサーと計測系
圧電センサーは共振型と広帯域型があり、対象構造や期待周波数に合わせて選定する。取り付けは表面研磨・脱脂のうえカップリング材(グリース等)を介し、一定トルクで固定する。プリアンプ(20–40 dB)、帯域フィルタ、A/D(数MHz以上)を組み合わせ、ノイズやエイリアシングを抑制する。センサー間隔は感度分布と位置標定精度のトレードオフで決まる。板構造では板の振動特性が受感に影響する。
位置標定と信号処理
到達時刻差(Time of Arrival)による三角測量が基本で、群速度は材料・厚み・周波数に依存する。到達時刻の自動ピッキングにはAICや相互相関が用いられる。特徴量に基づくクラスタリング(k-means、DBSCAN)や機械学習でイベント種別を識別し、時間–周波数解析(STFT、Wavelet)で進展挙動を追跡する。周期的励起を扱う定常振動や過程初期の過渡振動の概念理解は解釈に有用である。
適用分野
- 圧力容器・球形タンク・配管の健全性監視(運転中検査)。
- FRP/複合材の繊維破断・マトリクス割れ・層間はく離の識別。
- コンクリート構造物のひび割れ進展・腐食膨張の検出。
- 風車ブレード・橋梁桁・航空機構造での広域監視。
- 金属加工・切削時の工具摩耗・欠損のリアルタイム検出。
- 半導体パッケージやはんだ接合のマイクロクラック検出。
校正とシステム検証
鉛芯破断(Hsu–Nielsen源)は再現性の高い人工AEであり、系統感度・位置標定誤差の評価に広く使われる。追加法として鋼球落下やパルサー励起がある。伝達関数の推定、センサー間の相対感度合せ、しきい値最適化を通じて検出率と誤検出率のバランスをとる。
ノイズ対策
摩擦・衝突・漏れ・弁作動・電磁誘導・環境音は誤検出の主要因である。機械的アイソレーション、ケーブルのシールドと接地、周波数帯域制限、相関の低い多点同時到来条件の導入でノイズを低減する。構造の振動モードと支持条件を把握し、固有応答による増幅を見込む配置が有効である。
評価指標と破壊力学
き裂進展に伴うAEエネルギーは応力拡大係数や開口変位と関係づけられる。地震学に倣うb値低下は大規模イベントの前兆と解釈される場合があるが、計測帯域・しきい値の影響を受けるため注意する。解析には荷重履歴や境界条件を含む動的解析の枠組みが役立つ。
Kaiser効果とFelicity比
Kaiser効果は過去最大応力未満ではAEがほぼ発生しない現象で、損傷の非進展を示唆する。損傷が進むと過去最大応力より低い応力でもAEが生じ、Felicity比(AE再発生応力/過去最大応力)が1未満に低下する。疲労材や複合材の健全性評価に重要である。
導入設計の要点
- 目的の定義:初期欠陥検出、進展監視、受入検査のいずれか。
- 感度マップ作成:代表点で人工AEを与え受感範囲を把握。
- センサー配置:冗長性を確保し、死角と反射を最小化。
- データ処理:前処理、特徴抽出、イベント統合、可視化を標準化。
- 判定基準:運転条件・材料特性を踏まえた合否基準の文書化。
限界と留意点
AEは「起点が鳴く」利点を持つ一方、逆問題性が強く、定量欠陥寸法の即時推定には不確かさが残る。材料異方性・減衰・温度・荷重速度・境界反射が波形解釈を複雑にする。多手法統合(例:超音波やひずみ計)と、荷重制御・履歴管理の徹底により、診断の信頼性を高める。理論面では弦の振動や静的解析の知見も、基礎理解の補助となる。