波動方程式
波動方程式は、弦・音・電磁波・弾性波などの「波」を記述する代表的な偏微分方程式である。最も基本的な形は、1 次元では ∂2u/∂t2 = c2 ∂2u/∂x2、3 次元では ∂2u/∂t2 = c2∇2u と書かれる。ここで u は変位・圧力・電場などの場、c は媒質中の位相速度である。線形性と重ね合わせが成り立つため、複雑な初期・境界条件も基底解の和で表現できる。抽象的にはエネルギー保存と因果性に基づく双曲型方程式であり、信号の伝播領域(特性曲線や光円錐)が明確である点に特徴がある。
基本形と物理的意味
1 次元の弦では u(x,t) が横変位を表し、c = √(T/μ)(張力 T、線密度 μ)で決まる。流体の音波では u を圧力摂動や粒子速度ポテンシャルで表し、c = √(K/ρ)(体積弾性率 K、密度 ρ)となる。3 次元形 ∂2u/∂t2 = c2∇2u は、等方・均質・無損失という単純化の下でのモデルであり、反射・屈折・干渉・回折などの基本現象を統一的に説明できる。
- 弦の横波:楽器・ケーブル振動の基礎
- 音波:空気・水中の音響、超音波非破壊検査
- 電磁波:Maxwell 方程式から導かれる光・RF の伝播
導出の概略
微小要素に運動方程式を立て、フックの法則や質量保存を用いて差分平衡をとれば、極限で二階の時間・空間微分が現れる。弦では μ∂2u/∂t2 = T∂2u/∂x2 より c = √(T/μ)。音響では圧縮性と密度から c = √(K/ρ)。細い棒の縦波は c ≈ √(E/ρ)(E はヤング率)で近似できる。電磁場では ∇×(∇×E) の恒等式と電荷のない領域を仮定して ∂2E/∂t2 = c2∇2E、c = 1/√(μ0ε0) が得られる。
音響・固体での速度式
理想気体の小振幅音波は c = √(γp/ρ)。等方弾性体では縦波 cL、横波 cS が生じ、一般に cL > cS である。材料の異方性・温度・応力状態により c は空間的に変化し、波面が歪む。
解法と代表解
代表的な手法は分離定数法である。区間 0 ≤ x ≤ L、固定端(u=0)では固有関数 sin(nπx/L) と固有角周波数 ωn = nπc/L が得られ、任意の初期変位・速度はフーリエ級数で展開できる。無限一次元ではダランベールの解 u(x,t) = f(x−ct) + g(x+ct) が一般解であり、右向き・左向きの進行波の重ね合わせとして理解できる。
- Dirichlet(固定端):u=0
- Neumann(自由端):∂u/∂x=0
- Robin(混合):αu+β∂u/∂x=0
フーリエ級数と固有値
Sturm–Liouville 型の自伴作用素に対して、固有関数は直交基底を成す。初期条件 u(x,0)=f(x)、ut(x,0)=g(x) はフーリエ係数の初期値に写像され、時間依存は cos(ωnt)、sin(ωnt) で与えられる。
エネルギーと保存則
弦のエネルギー密度は運動項 (1/2)μut2 とひずみ項 (1/2)T ux2 の和である。損失や外力がなければ全エネルギーは時間不変で、流束(弦では −Tuxut)が系外に運ばれる。電磁波ではポインティングベクトルがエネルギー流を与える。
数値解法と安定性
FDM の中央差分(leap-frog)による陽解法は実装が容易だが、CFL 条件 cΔt/Δx ≤ 1 を満たさないと発散する。境界では吸収境界(ABC)や PML を導入して反射を抑える。有限要素法(FEM)や有限体積法(FVM)も広く用いられ、時間積分は Newmark-β、RK、Crank–Nicolson など問題に応じて選択する。
境界処理と実装上の要点
ゴーストセルで条件を弱形式に実装し、数値分散を抑えるため 1 波長あたり 10–20 点以上の空間解像度を確保する。非均質媒質では c(x) の急変部に合わせて格子を細分化する。
拡張と関連方程式
減衰や外力を含む utt + 2ζωut − c2∇2u = s は実用上重要である。相対論・場の理論では Klein–Gordon 方程式 utt − c2∇2u + m2u = 0 が現れる。非線形効果が卓越すると KdV、NLS などのソリトン方程式が支配的になる。弾性体のベクトル波では Cijkl∂i∂juk のようなテンソル形式が必要である。
グリーン関数と伝播領域
Green 関数は点源応答を与え、畳み込みで一般解を構成できる。1 次元では信号は光円錐内に広がり、3 次元の無損失・等方媒質ではフロントが鋭い(Huygens の原理)。2 次元では尾を引く減衰が現れる。
次元解析とスケーリング
x′=x/L、t′=ct/L、u′=u/U で無次元化すれば、方程式は ut′t′ − ∇′2u = 0 の形に簡約され、支配パラメータが境界条件・源項に限られることが分かる。尺度則はプロトタイプと模型の相似設計に有用である。
工学的応用
音響設計(室内音場・サイレンサー)、非破壊検査(TOF、フェーズアレイ)、地震学(P 波・S 波・表面波の到達時刻解析)、光通信(導波路・分散管理)、RF・アンテナ設計(インピーダンス整合、伝送線路)など、波動方程式は広範な工学分野の解析・設計の中核となる。逆解析では観測波形から媒質特性や欠陥位置を推定でき、実時間シミュレーションは制御・診断で重要性を増している。