ISS
ISS(Ion Scattering Spectroscopy)とは、低エネルギーイオンを試料表面に照射し、反射されたイオンのエネルギー分布や散乱角度を解析することで表面組成や原子配列を評価する分析手法である。半導体プロセスや材料表面のクリーン度を調べる際に有用であり、極めて浅い領域の元素情報を非破壊的に測定できる点が特徴とされている。試料表面の状態を精密に把握するために、真空条件の下で測定を行うことが一般的であり、表面物性研究や製造装置の品質管理など幅広い分野でISSの活用が進んでいる。
概要
ISSは半導体材料や金属の表面分析において、その最表層~数オングストローム程度の領域に特化して情報を得ることができる。イオンビームを入射し、ターゲットとなる試料表面の原子と衝突させることで、弾性散乱したイオンを検出器で計測する仕組みを用いている。元素ごとに原子質量が異なるため、散乱されるイオンの運動エネルギーの変化から表面に存在する元素を特定できる。X線光電子分光(XPS)やAuger電子分光(AES)と並んで、固体表面・界面の構造解析において重要な位置を占めている。
原理
ISSの原理は、クラシカルな力学法則と原子間ポテンシャルの考え方で説明できる。低エネルギー(数百eV~数keV程度)のイオンを照射し、試料表面の原子と衝突させた際、弾性散乱を起こしたイオンのエネルギーは衝突相手の原子質量や散乱角度に依存して変化する。理論上は二体衝突のエネルギー保存則と運動量保存則を解けば、散乱後のイオンエネルギーを予測可能であり、このエネルギーシフトと飛行時間や検出角度を解析することで表面原子の種類を同定できる。照射に用いるイオン種(HeやNeなど)とビームエネルギーを選択することにより、より高感度な測定を行うことができる。
装置構成
基本的なISS装置は、イオンビームを生成するイオン源、試料を保持する真空チャンバー、散乱イオンを検出するエネルギーアナライザなどで構成される。イオンビームのエネルギーとフラックスを安定的に制御するためには、電子イオン源やプラズマイオン源など高度なビーム形成技術が必要である。試料は高真空もしくは超高真空中で測定されることが多く、同時に試料加熱や冷却機構が備わっている装置もある。エネルギー分析には静電型アナライザや飛行時間型分析器が利用され、反射イオンのエネルギー分布を高精度で取得することが可能である。
測定手順
測定前には試料表面をできるだけ清浄に保つ必要があるため、スパッタクリーニングやアニーリングなどの前処理が行われることが多い。次に、ISS装置のイオン源から試料に対してビームを照射し、所定の散乱角度で反射されたイオンをエネルギーアナライザへ導く。測定中は、試料の回転ステージを用いて様々な角度から散乱分光を取得し、表面原子の配列や局所構造の情報を拡充することもある。測定結果として得られるピーク強度やピークエネルギーシフトを解析することで、表面原子の種類、相対量、配列状態を評価することができる。
特長と利点
ISSの最大の利点は、最表層原子に対して極めて高い選択性を持つ点である。入射イオンが低エネルギーであるため、多数の原子層を貫通せずに表面原子との衝突だけで弾性散乱される確率が高い。また、散乱後のイオンエネルギーを高精度で解析するため、元素の同定精度が高く、化学環境や高次構造を推定する手がかりにもなる。さらに、ISSは他の表面分析法と組み合わせやすく、一度の真空ロードロックでXPSやAES、LEEDなどを併用するマルチ分析システムの一部として運用されることが多い。
課題と対策
ISSは表面に対してのみ情報を得られるため、内部構造に関しては直接の情報を得にくいという制約がある。また、測定時にイオンビームを照射することで、表面が損傷を受けたり組成が変化したりする場合があり、微妙な表面状態を捉える際には慎重な条件設定が欠かせない。さらに、測定結果を定量的に評価するには、正確な散乱断面積や検出効率の補正が必要となる。これらの課題に対処するため、実験条件の最適化や標準試料との比較検証が継続的に行われており、近年ではより高度なシミュレーション技術が導入されるなど、信頼性向上に向けた取り組みも活発化している。