西夏|宋遼金と並立したタングート王朝

西夏

西夏は、11世紀から13世紀前半にかけてオルドス高原から河西回廊・寧夏平原に広がったタングート(党項)系の王朝である。1038年に李元昊が皇帝号を称して建国し、漢地の制度と草原的伝統を折衷した独自の国家構造を整備した。地理的には黄河上流域と河西の要地を押さえ、東は宋、西は高昌・回鶻、北は・後には金、のちにモンゴルと接し、交易と軍事情勢の結節点として振る舞った。唐末五代以来の辺境支配の文脈を継承しつつ、王権の儀礼・法制・文字・宗教を統合した点に特色がある。宗教は大乗仏教、とりわけ密教的要素を重んじ、宮廷・都市・オアシスの寺院群を通じて経蔵の翻訳・版行が進んだ。最終的にはモンゴル帝国の連続遠征により1227年に滅亡し、その政治体は消滅したが、法制・文書行政・仏典の大規模翻訳という文化的遺産は、黒水城(カラホト)出土文書などによって現在も確認される。

成立と国家構造

建国の基盤は、唐末に辺境節度使体制の下で勢力を伸ばした党項系部族連合である。李氏は宋と冊封関係を結びつつも、1038年に独自の皇帝号を採用して自立性を明確化した。宮廷は漢式官僚制と部族的軍事組織を併置し、王権の祭祀・法令公布・土地・軍馬の管理を統合した。これは征服王朝一般に見られる多民族支配の工夫であり、被支配民の慣習と漢式官制を分掌させる二重統治体制的な運用を特徴とした。東隣の(契丹)の事例を参照しつつも、李元昊の法制・軍制改革は西夏固有の地理・交易・騎馬戦の要請に即して調整された。

文字と宗教文化

西夏文字は李元昊の命で野利仁栄が整定したと伝えられ、約1万字規模の複雑な表意体系であった。行政・法制・仏典翻訳に広く用いられ、版木印刷による経典・辞書・律令の普及を可能にした。契丹や女真が固有文字をもち、契丹文字が公私の文書実務を担ったのと並行して、西夏でも漢文と自国文字の併用が標準化した。仏教面では三蔵訳経・密教法儀・護国祈祷が宮廷と都市寺院で重視され、サカン仏塔や壁画、写経群は多元的な美術様式を伝えている。黒水城の遺物群は、その知的・宗教的生産力の高さを物証する資料群である。

外交と軍事

宋との関係はしばしば緊張し、1040年代の戦役ののち講和と互市・歳賜が制度化された。北方では、ついで金の勃興に伴い、従属・同盟・対立を織り交ぜて均衡を図った。なお宋は1005年の澶淵の盟で遼と安定関係を築いており、その枠組みの変動は西夏の対宋政策にも影響した。13世紀初頭、モンゴルの拡張に直面した西夏は一時臣従して出兵協力したが、のち離反を疑われて再侵攻を招いた。城郭防御・騎射・砦線の築造は堅固であったが、広域連続攻勢と補給遮断の前に次第に疲弊した。

経済と交通

寧夏平原の灌漑農業は西夏経済の根幹で、黄河からの引水路網が穀物生産と都市供給を支えた。河西回廊の涼州・甘州・粛州などはシルクロード内陸交易の要衝であり、絹・茶・馬・塩・毛織物が国境市場を循環した。関税・駅伝・市舶管理に相当する制度が整い、貨幣流通とともに交易課税が財政を下支えした。

  • 黄河灌漑の整備と耕地拡張
  • 国境互市と牧畜・馬政の統制
  • 河西回廊の宿駅・城塞ネットワーク

社会と法

西夏は族属・職分・軍戸の区分を明確化し、服制・婚姻・言語使用の規定を整えた。とくに天盛年間に整備されたと伝えられる律令は、刑罰・訴訟・官制・軍令を包括し、漢法理と部族慣習を接合した点に意義がある。公文では自国文字と漢文の併記が行われ、法令は寺院・衙門を経て地方へ周知された。多民族社会の秩序維持は、〈漢式官僚〉と〈部族軍事〉の併置という二重統治体制的運用に負うところが大きかった。

モンゴルによる滅亡

1205年以降、モンゴルは繰り返し西夏領に侵入し、1209年の臣従を経て一時的に共闘関係を結んだ。しかし西夏が対金戦での協力に逡巡すると、チンギス・ハンは1226年に総攻勢を発し、翌1227年に興慶府が陥落した。末帝(李睍)は降伏直後に殺害され、王朝は滅亡した。西夏は地理戦略上の要地を押さえ、法制・文字・宗教文化を総合した国家として存在したが、広域騎馬帝国の機動・補給戦術の前に独力での長期抗戦は困難であった。この結末は、草原国家と定住国家の力学、周辺王権が大帝国に呑み込まれる過程の典型例として注目される。

史料と研究史

西夏の実態解明は、宋・遼・金・元の正史記事に加え、黒水城文書や碑文・仏教写本の解読進展に負う。とくに文書行政・法制史・仏典翻訳の研究が深化し、出土資料の語彙・書誌・校勘が行政運営の細部を照射する。あわせて、耶律阿保機の建てたや、女真・モンゴルを含む北アジア世界の比較史の中に位置づける視点が有効である。西夏は、征服王朝が複合社会を統治する制度的創意を示す重要事例であり、政治・宗教・文字文化が相互に補完し合う構造を検証する格好の素材である。