遼|契丹が築いた北方の多民族帝国

は契丹(Khitan)を主体とする王朝で、916年に耶律阿保機が建国して以後、東北アジアから華北に広がる多民族帝国を形成した。渤海を滅ぼして勢力を拡大し、五京体制と北面・南面の二重行政を整え、騎馬軍事力と農耕地帯の行政技術を結合した点に特色がある。10世紀後半には燕雲十六州を掌握し、宋と対峙したが、1005年の澶淵の盟によって長期安定を実現した。12世紀に女真が興起すると衰退し、1125年に滅亡したが、遼の皇族は西遼(Kara-Khitan)として中央アジアで帝国を再興し、その制度と文化は広域に継承された。

建国と拡大

耶律阿保機は916年に皇帝を称し、草原と森林地帯の諸部族を統合した。926年には渤海を併合し、東丹国を設けて統治秩序を整えた。947年、遼太宗の時に国号を「遼」と改め、その後一時的変動をはさみつつ定着した。重騎兵と機動力を生かした軍事行動は華北の後晋・後周・北宋といった農耕王朝に圧力を与え、外交と軍事を併用して版図を広げたのである。

統治機構―二重行政と多民族支配

遊牧・狩猟に根差す契丹社会を束ねる北面官(北院)と、漢人・渤海人を中心とする農耕社会を管轄する南面官(南院)を並立させ、慣習法と成文法を使い分けた。これは草原国家の柔軟さと中原官僚制の規範性を併合する構造であり、税制・訴訟・土地経営の運用において実効性を発揮した。科挙的な登用も限定的に採用され、文武の均衡が図られた。

五京体制と領域構成

上京臨潢府(内モンゴル東部)を中心に、中京大定府、東京遼陽府、西京大同府、南京析津府(北京)を配し、軍事・行政・交易の拠点を分散させた。五京は草原と農耕地帯、海陸交通の結節点を押さえる戦略配置であり、移動宮廷と定住都市を接続する役割を担った。これにより国家統合と周辺統御の両立が可能となったのである。

宋との関係と澶淵の盟

北宋との攻防はしばしば膠着したが、1004〜1005年の交渉により澶淵の盟が成立した。宋は銀・絹の歳幣を支払い、両国は対等の称号を確認して国境の平穏を維持した。これによりは南境の安定と物資流入を得て、内部整備と北方・東方への展開に資源を振り向けることができた。国境市での交易は政治的緊張を緩和する安全弁としても機能した。

高麗・西夏・渤海遺民との関係

遼は高麗と軍事衝突と和議を繰り返し、東北アジアの秩序形成に関与した。他方、西夏とは間接的な緊張関係をはらみつつも、宋を挟んだ三角関係の中で均衡を取った。渤海遺民は南面行政の中枢に編入され、海上交易・文芸・仏教文化の担い手として重用された。

文化と宗教

契丹の祖霊祭祀やシャーマニズムが枠組みを提供しつつ、仏教は王権の威信と倫理秩序を補強した。漢文化の受容も進み、礼制・法制・文芸は南面官僚層を通じて整備された。蕭太后の摂政期には都城整備と寺院造営が進み、陵墓の壁画や金属器・漆器は遊牧と定住文化の融合を映し出す。

経済・社会構造

遊牧・狩猟・農耕が併存し、牧畜産品と穀物・織物が互補した。歳幣や国境市による流通は財政基盤を厚くし、関市・駅伝制度が軍事通信と商業を支えた。封領経営と官戸・民戸の区分は租税の徴収を効率化し、貢納と市場流通が併走する複線的経済を形成した。

文字と史料

契丹大字・小字という独自文字が制定され、碑文・銘文に使用された。完全解読はなお課題を残すが、同時代の記録と考古資料により統治実態が復元されつつある。正史『遼史』や南宋人・葉隆禮の『契丹国志』は叙述の基盤を提供し、出土資料が補正を加えている。

衰退と滅亡

11世紀末以降、宮廷内の権力抗争と辺境統御の弛緩が進む中、女真人が建州から台頭した。女真は強力な歩騎混成軍を整備し、1125年に遼は崩壊した。最後の天祚帝は内乱と対外戦の二重苦に直面し、遊牧機動力の優位は火器以前の戦場でも限界を露呈したのである。

西遼(Kara-Khitan)への継承

耶律大石は西走して中央アジアに西遼を建て、五京や二重行政の理念を環境に応じて再編した。ソグド系都市やトルコ系部族と連携し、シルクロードの節点を掌握して通商課税と保護を提供した。これは的な制度の可塑性を示す事例である。

歴史的意義

遊牧国家の政治文化を保持しつつ、中原官僚制と都市経済を選択的に受容した点で、遼は「草原と農耕の接合モデル」を確立した。北京(南京析津府)を京師の一として位置づけたことは、その後の金・元・明清の都城史にも影響を与えた。遼は北方世界のダイナミズムを体現し、東アジア国際秩序の再編に持続的な痕跡を残したのである。

年代の整理

  1. 916年:耶律阿保機、契丹皇帝となる
  2. 926年:渤海併合、東丹国設置
  3. 936年:燕雲十六州の獲得の前提が整う
  4. 947年:国号を「遼」と称す
  5. 1005年:澶淵の盟で宋と和約
  6. 1125年:女真(金)により滅亡
  7. 12世紀前半:西遼が中央アジアで成立

用語整理

  • 五京:上京・中京・東京・西京・南京の都城群で、軍政・財政・交通の結節点である。
  • 北面・南面:遊牧社会と漢人社会を分掌する並立官制で、法制・税制の二重性を担保した。
  • 澶淵の盟:宋との和約で、銀・絹の歳幣と相互承認により辺境安定を実現した。
  • 契丹文字:大字・小字の二体系。碑刻資料が残り、解読研究が進展している。