浸炭(浸炭焼入れ)
浸炭とは、炭素鋼などに用いられる表面硬化方法である。加工性の良い低炭素鋼 (0.2% C以下) や低炭素合金鋼が用いられる。木炭やコークス、メタンガスなど浸炭剤で満たし、拡散浸透により表面層の炭素量を十分に増加させ、そこに焼入れ・焼き戻しをすることで素材の表面層のみを硬化することができる。表面は硬化させ耐摩耗性が優れていながら、その内部は柔軟な組織のままであるため、素材内部のじん性が高く保つことができる。自動車や船舶、飛行機から生産機械や自動機など幅広く利用されている。
原理と雰囲気反応
浸炭の基本はオーステナイト中の炭素拡散である。ガス浸炭ではCO、CO2、H2、CH4等を含む雰囲気を用い、炉内反応(例:2CO⇔C+CO2、CH4⇔C+2H2)により炭素が鋼表面に析出・溶解する。表面炭素濃度は「炭素ポテンシャル」で管理し、酸素プローブや露点・NDIRでCO/CO2比を監視する。目標表面炭素は概ね0.8〜1.0mass%で、過度に高いと網状炭化物や粒界炭化物が生じて脆化の原因となる。
浸炭鋼
浸炭が施された浸炭鋼や肌焼鋼と呼ばれる。
浸炭の種類
浸炭には、固体浸炭、液体浸炭、ガス浸炭、真空イオン浸炭などがある。それらの中でもガス浸炭はガスの濃度を調整することで処理面の深さを変えることができる特徴をもつ。
炭素ポテンシャルの制御
炭素ポテンシャルは雰囲気中のCO、CO2、H2、CH4の組成と温度で決まり、被処理鋼の平衡表面炭素濃度に相当する指標である。プロセス前半は高めに設定して炭素供給を促進し、後半は拡散段階として低めに設定して濃度勾配を緩和するのが一般的である。
鋼種と適用範囲
対象は低炭素〜低中炭素の機械構造用鋼が中心で、例としてSCr420、SCM415、SCM420、SNCM420、S15C〜S25Cなどがある。Cr、Mo、Niの添加は焼入性や焼戻し軟化抵抗を高め、深い有効層や高負荷下の耐疲労に有利である。一方でSiの高含有は炭化物生成や浸炭性に影響しうるため配慮が要る。
前処理と設計留意
機械加工後にスケール・油分を除去し、必要に応じて正規化で組織を均一化する。仕上げ研削代を見込んで寸法設計し、焼入れ歪みを考慮した公差計画とする。
プロセス手順
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前洗浄:脱脂・酸洗いで表面を清浄化する。
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浸炭保持:930℃前後で所定時間(例:0.5〜10h)保持し炭素を供給する。
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拡散段階:炭素ポテンシャルを下げ、温度を維持して濃度勾配を整える。
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焼入れ:油(60〜80℃)やガスで急冷し、表層を高硬度化する。
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低温焼戻し:150〜200℃で内部応力を緩和し、寸法安定を図る。
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仕上げ:研削・ラップ等で寸法・粗さ・歯形を整える。
有効硬化層の設計
有効層(例:HV550到達深さ)は荷重条件と歯面・歯元強度計算に連動させる。ギヤでは0.8〜1.2mmが汎用、重負荷では1.5mm以上を採ることもある。過深は歪み・コスト増、過浅はピッチングや歯元折損のリスク増につながる。
組織と機械的性質
浸炭焼入れ後の表層は高炭素マルテンサイトに微細炭化物と残留オーステナイトが共存し、60〜62HRC程度の硬さが得られる。深さとともに硬さは勾配的に低下し、芯部は焼戻しマルテンサイトまたはフェライト・パーライト主体で靭性を確保する。残留オーステナイトは耐衝撃・耐摩耗に寄与する一方、過多は寸法変化を招くため、サブゼロ処理や焼戻し条件で制御する。
寸法変化と歪み対策
歪み低減には治具拘束、プレス焼入れ、対称形状設計、均一加熱、油撹拌条件の最適化が有効である。予測にはCAEを用い、重要部品では加工余肉と後加工プロセスを前提設計とする。
装置と雰囲気制御
設備は密閉式バッチ炉、連続炉、立坑炉などがある。ガス浸炭はエンドガス+エンリッチ(CH4等)で実施され、酸素プローブで炭素ポテンシャルを自動制御する。近年は真空浸炭(LPC)も普及し、C2H2などのパルス供給により清浄な表面、均一な深層浸炭、低い粒界酸化(IGO)を実現できる。プラズマ浸炭は低温・短時間化や難材対応に有効である。
固体・液体浸炭の位置づけ
歴史的には木炭・骨炭を用いる固体浸炭やシアン化塩浴の液体浸炭も用いられたが、環境・安全面から現代主流はガスおよび真空法である。
品質管理と規格
品質は硬さ分布(HVプロット)、有効層深さ、表面炭素量、組織観察(網状炭化物、残留オーステナイト量、IGO)、寸法・歪みで総合評価する。試験片法や歯車リファレンスピースを併用し、JISやISOの関連規格(例:機械構造用鋼、硬さ試験、ケース深さ測定手順)に準拠する。工程能力指数やトレーサビリティ管理を行い、炉毎の炭素ポテンシャル校正を定期実施する。
欠陥事例と対策
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過浸炭・網状炭化物:炭素ポテンシャル過大・時間過長が原因。富炭化段を短縮し拡散段を強化、合金設計も見直す。
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粒界酸化(IGO):従来ガス浸炭で発生。前処理の清浄化、雰囲気管理、真空浸炭採用で低減。
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ソウト・すす付着:雰囲気不均一や温度過低。流量・撹拌・温度を適正化。
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軟点(ソフトスポット):脱炭や油・酸化皮膜の残存。洗浄強化と保護雰囲気確保。
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焼入れ割れ:急冷能過大・鋭利形状。油温上げ、撹拌緩和、形状R付与、焼戻し迅速化。
類似・派生プロセス
浸炭窒化はNH3を添加してNも共拡散させ、表面硬度・耐摩耗性を高める。低温浸炭はオーステナイト系ステンレスに拡張オーステナイト(S相)を形成し、耐食性を損なわずに表面硬化を狙う。プラズマ浸炭は放電プラズマで活性炭素種を生成し、複雑形状にも均一処理が可能である。選択浸炭ではマスキングにより必要部のみ硬化させ、後工程の被削性や組立適合を確保する。
設計・生産での勘所
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機能から逆算した有効層深さと硬さ勾配の設定(歯面強度、歯元強度、転がり疲労、面圧)。
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素材成分・粒径・清浄度の指定(Al脱酸、酸素量、介在物管理)。
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形状設計(均肉・対称、鋭角回避、R付与、焼入れ性に見合う断面)。
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プロセス統合管理(Cポテンシャル、温度、時間、拡散、急冷条件、焼戻し)と統計的工程管理。
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後工程(ショットピーニング、超仕上げ、圧入・研削)との整合。
環境・安全と最新動向
近年は真空浸炭と高圧ガス焼入れの組合せ、デジタルツインによる拡散・歪み予測、酸素プローブの自動補正、炉の省エネ・排熱回収が進む。シアン化浴の代替、VOC・CO2排出低減、脱スート運転の確立など環境・安全面の改善も重要である。設備・材料・条件の最適化により、部品寿命の延伸とLCC低減を両立できる。