凝集剤
凝集剤とは、水中に分散した微細な粒子を集めて大きな塊(フロック)にし、沈降や浮上によって分離しやすくするための薬剤である。上水道の浄水場、工場の排水処理、製紙、鉱業、食品工業などで幅広く使われる。主成分によって無機系と有機高分子系に分けられ、両者を組み合わせて使う例も多い。
なぜ微粒子は自然に沈まないのか
河川水や工場排水に含まれる粘土・シルト・有機物の多くは、粒径0.001〜1μm程度のコロイド粒子である。この大きさの粒子は沈降速度が極めて遅く、1μmの粘土粒子が水中を1m沈むには数日以上かかるとされる。さらに、粒子表面は通常マイナスに帯電しており、ゼータ電位はおおむね-10〜-30mVを示す。同符号の電荷どうしが反発し合うため、粒子は互いに近づけず、いつまでも水中を漂う。この安定状態を崩すことが、凝集剤に課せられた役割となる。
凝結と凝集という二段階の仕組み
薬剤による粒子の集合は、厳密には二つの過程に分かれる。最初が電荷を中和して粒子どうしを接触可能にする「凝結(coagulation)」で、続いて小さな集合体を橋渡しして大きく育てる「凝集(flocculation)」が起こる。前者を担う薬剤を凝結剤、後者を担う薬剤を高分子凝集剤と呼び分けることもあるが、日本の現場では両方まとめて凝集剤と呼ぶのが一般的。
代表的な反応として、硫酸アルミニウムが水中のアルカリ分と反応して水酸化アルミニウムを生じる式を示す。
Al2(SO4)3 + 3Ca(HCO3)2 → 2Al(OH)3 + 3CaSO4 + 6CO2
生成したAl(OH)3はプラスに帯電した綿状の沈殿で、マイナスの粒子を取り込みながら成長する。式からわかるように、反応はアルカリ度を消費する。原水のアルカリ度が低いとpHが下がりすぎて反応が進まないため、消石灰や苛性ソーダで補う操作が必要になる。
主な種類と特徴
無機系はアルミニウム塩と鉄塩が中心で、有機系はポリアクリルアミドを骨格とする合成高分子が主流である。下表に代表例を整理した。
| 名称 | 分類 | 有効pH範囲の目安 | 主な特徴 |
|---|---|---|---|
| 硫酸アルミニウム(硫酸バンド) | 無機・アルミ系 | 6.0〜7.5 | 古くからの標準品。安価だが低水温で効きが落ちる |
| ポリ塩化アルミニウム(PAC) | 無機・アルミ系 | 5.0〜8.5 | 重合済みで反応が速く、低水温・高濁度に強い |
| 塩化第二鉄 | 無機・鉄系 | 4.0〜11.0 | フロックが重く沈降が速い。腐食性が強い |
| ポリ硫酸第二鉄 | 無機・鉄系 | 4.0〜11.0 | 鉄系の中では扱いやすく、リン除去にも用いる |
| 高分子凝集剤 | 有機系 | 品種により異なる | 少量で巨大なフロックを形成。無機系と併用が多い |
水道用の品質はJISで規定されており、硫酸アルミニウムはJIS K 1450、ポリ塩化アルミニウムはJIS K 1475が該当する。PACの製品は酸化アルミニウム(Al2O3)として10〜11%程度、塩基度45〜65%程度のものが多く流通している。
高分子凝集剤のイオン性
有機系はポリアクリルアミド系が大半を占め、分子量は数百万から2,000万程度に達する。長い分子鎖が複数の粒子に同時に吸着し、橋をかけるように結びつける「架橋作用」が働く。イオン性によってアニオン系、カチオン系、ノニオン系、両性に分類され、無機系で処理した後の排水にはアニオン系、有機物の多い汚泥の脱水にはカチオン系という使い分けが基本となる。
ミョウバンから合成高分子へ
濁り水にミョウバンを入れて澄ませる方法は、古代エジプトや中国でも知られていたといわれる。近代的な水道で硫酸アルミニウムが本格採用されたのは19世紀末のアメリカで、急速ろ過法の普及とともに世界へ広がった。日本ではPACが1960年代後半に実用化され、低水温期でも安定した処理ができることから、現在では多くの浄水場で主力となっている。合成高分子凝集剤は1950年代に登場し、鉱山の選鉱排水や下水汚泥の処理を大きく効率化した。
注入率を決めるジャーテスト
注入量は理論計算だけでは決まらない。水質は季節や工程によって変わるため、実際の水を使った「ジャーテスト」で最適値を探るのが定石である。手順の一例を挙げる。
- 500mLまたは1Lのビーカーに試料水を分注し、注入率を段階的に変えて凝集剤を添加する
- 150rpm前後で約1分間の急速撹拌を行い、薬剤を瞬時に分散させる
- 40rpm前後に落として10分程度の緩速撹拌を行い、フロックを成長させる
- 静置して数分〜10分後の上澄み濁度、pH、フロックの大きさを比較する
急速撹拌が不足すると薬剤が局所的に偏り、緩速撹拌が強すぎると一度できたフロックが壊れる。実機の撹拌条件にできるだけ近づけることが、結果を現場で再現するための前提となる。
製造現場での使い分けとコスト感
中小規模の工場排水では、PACを数十〜数百mg/L注入し、苛性ソーダでpHを調整した後、アニオン系高分子を1〜3mg/L加えるという組み合わせがよく見られる。単価は品種や購入量で幅があるものの、PACが1kgあたり数十円程度であるのに対し、高分子凝集剤は数百円から千円台になることが多い。高分子側は注入量が少ないため、薬品費全体に占める割合は意外に小さい。むしろ発生汚泥の処分費のほうが負担になりやすく、無機系を過剰に入れると汚泥量が増えて産廃費用が膨らむ点は見落とされがちである。
分離方式との相性も考慮したい。重いフロックが欲しい沈殿池では鉄系、微細気泡で浮かせる加圧浮上では軽くて大きなフロックを作るアルミ系と高分子の併用が選ばれる傾向にある。
取り扱い上の注意
塩化第二鉄の原液は濃度37〜38%程度の強酸性液で、SUS304の配管やポンプを短期間で腐食させる。貯槽や配管には塩ビ、FRP、ライニング鋼管を使うのが通例となる。高分子凝集剤は粉末品を0.1〜0.2%程度の濃度に溶かして使うが、溶解が不十分だと「ママコ」と呼ばれる未溶解塊が生じ、注入ラインの閉塞を招く。溶解液は時間とともに劣化するため、作り置きは1〜2日以内に使い切るのが望ましい。床にこぼれた高分子溶液は非常に滑りやすく、転倒事故の原因にもなる。
後工程への影響
凝集剤の選定は、凝集槽の中だけで完結しない。ベルトプレスやスクリュープレスなどの脱水機では、カチオン系高分子の種類によってケーキ含水率が数%単位で変わり、処分量に直結する。処理水を再利用する場合は、残留したアルミニウムや鉄が配管のスケールや製品品質に影響しないかも確認が必要となる。分析方法としては、工場排水試験方法を定めたJIS K 0102が広く参照されている。
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