シランカップリング剤
シランカップリング剤は、1つの分子の中に、無機材料と化学結合する加水分解性基と、有機材料と反応したりなじんだりする有機官能基の両方を持つ有機ケイ素化合物である。ガラス、金属、シリカなどの無機物と、樹脂やゴムなどの有機物はもともと相性が悪く、そのまま組み合わせると境目(界面)ではがれやすい。シランカップリング剤はこの2つの間に入り、分子レベルでつなぐ役割を果たす。使われる分野は繊維強化プラスチック、タイヤ、半導体封止材、塗料、接着剤など幅広い。添加量はフィラーに対して1wt%前後とわずかだが、複合材料の強度や耐水性に大きく影響する。
開発の経緯
開発のきっかけは、1940年代に登場したガラス繊維強化プラスチック(GFRP)である。ガラス繊維で樹脂を補強すると、乾燥した状態では高い強度が得られる。しかし湿気の多い環境に置くと界面に水が入り込み、強度が急に落ちてしまう問題があった。米国のユニオン・カーバイド社とダウ・コーニング社がこの問題に取り組み、1950年代には繊維の表面処理剤として実用化が進んだ。ダウ・コーニング社のE. P. プルードマン(Plueddemann)は数百種類のシランを体系的に評価し、1982年に専門書『Silane Coupling Agents』を出版している。界面化学の理論的な基礎は、この時期にほぼ固まったといってよい。
分子構造と一般式
一般式は Y–(CH2)n–SiX3 で表す。Xはメトキシ基(–OCH3)やエトキシ基(–OC2H5)などの加水分解性基、Yはアミノ基、エポキシ基、ビニル基などの有機官能基である。XとYをつなぐアルキル鎖は、n=3のプロピレン基が大半を占める。ケイ素とYの距離が近すぎると立体障害や電子的な影響で化合物が不安定になり、遠すぎると製造コストが上がる。炭素数3は、実用上ちょうどよい長さとされている。
無機表面と結合するしくみ
反応は大きく4つの段階で進む。最初に、加水分解性基が水と反応してシラノール基(Si–OH)ができる。
R–Si(OCH3)3 + 3H2O → R–Si(OH)3 + 3CH3OH
次に、シラノール同士が一部縮合してオリゴマーになる。このオリゴマーが無機表面の水酸基と水素結合をつくる。最後に乾燥や加熱で脱水縮合が起こり、Si–O–M(Mはケイ素や金属原子)の共有結合ができる。有機官能基は外側を向いた状態になり、マトリックス樹脂と反応したり絡み合ったりする。実際の処理層は単分子膜ではなく、数層から数十層のシロキサン網目になっていることが多い。厚く付けすぎると界面にもろい層ができ、かえって強度が下がる。この点は見落とされやすい。
官能基の種類と相性のよい樹脂
有機官能基は、組み合わせる樹脂と反応しやすいかどうかで選ぶ。アミノ系は汎用性が高く、多くの熱硬化性樹脂に効果がある。ところが、極性のない熱可塑性樹脂には反応できる部分がなく、効果が出にくい。このためポリプロピレンでは、無水マレイン酸変性PPと組み合わせて使うのが一般的である。代表的な化合物と、相性のよい樹脂を次の表に示す。
| 官能基 | 代表的な化合物 | 主な適合樹脂・材料 |
|---|---|---|
| アミノ基 | 3-アミノプロピルトリエトキシシラン | エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリアミド |
| エポキシ基 | 3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン | エポキシ樹脂、ウレタン、アクリル |
| メタクリル基 | 3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン | 不飽和ポリエステル樹脂、アクリル樹脂 |
| ビニル基 | ビニルトリメトキシシラン | ポリエチレン(シラン架橋)、EPDM |
| メルカプト基 | 3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン | 硫黄加硫ゴム、ポリサルファイド |
| スルフィド基 | ビス(トリエトキシシリルプロピル)テトラスルフィド | 天然ゴム、SBR(シリカ配合) |
処理方法
フィラーや基材への処理方法は、あらかじめ表面を処理しておく前処理法と、混練時に加えるインテグラルブレンド法の2つに大きく分かれる。
湿式処理
0.5〜2wt%程度の水溶液またはアルコール水溶液をつくり、酢酸でpH4〜5に調整してから基材を浸す。酸性にするのは、加水分解を早めながら、シラノール同士の縮合を遅らせるためである。アミノ系はそれ自体が塩基性なので、pHを調整せずに使うことが多い。浸したあとは100〜120℃で5〜10分ほど乾燥させ、脱水縮合を完了させる。
乾式処理とインテグラルブレンド法
粉体フィラーでは、ヘンシェルミキサーなどで高速にかき混ぜながら原液や希釈液を吹き付ける乾式処理が主流である。インテグラルブレンド法は、樹脂とフィラーを混ぜ合わせるときにシランを直接加える方法で、工程が1つ減る。ただし処理のむらは前処理法より出やすい。同じ効果を得るために、添加量を2〜3割ほど増やして調整する現場もある。
添加量の求め方
理論上の必要量は、フィラーの比表面積とシランの最小被覆面積から計算できる。
シラン必要量(g)= フィラー重量(g)× 比表面積(m2/g)÷ 最小被覆面積(m2/g)
最小被覆面積とは、シラン1gが単分子層で覆える面積のことである。3-アミノプロピルトリエトキシシランでは約353m2/gとされる。比表面積200m2/gの沈降シリカ100gを処理する場合、計算上は約57gとなり、フィラー重量の半分を超える。実際には、反応できる水酸基の量や粒子の凝集の影響を受けるため、比表面積の大きいフィラーに理論値どおり入れるとコストも物性も過剰になりやすい。試作品で引張強度や吸水率を測りながら、最適な量を絞り込んでいくのが一般的である。
保管と取り扱いの注意点
シランカップリング剤は空気中の湿気でも加水分解が進む。開封後は窒素で置換して密栓し、なるべく早く使い切る。調製した水溶液を使える時間は種類によって数時間から1日程度と短い。液が白くにごったりゲル状になったりしたら、縮合が進んだしるしである。メトキシ系はエトキシ系より加水分解が速く使いやすいが、副生成物としてメタノールが出る。作業場の換気や、有機溶剤中毒予防規則への対応を事前に確認しておきたい。食品容器や医療用途では、副生成物がエタノールになるエトキシ系を選ぶことも多い。
主な用途
ガラス繊維向けは現在も最大級の用途で、ロービングやチョップドストランドの集束剤に配合されている。処理の効果を評価するには、JIS K 7017(ISO 14125に対応)にもとづく曲げ試験を煮沸の前後で行い、強度保持率を比べる方法がよく使われる。タイヤの分野では、1992年にミシュランが発表したシリカ配合トレッドで、スルフィド系シランが転がり抵抗を下げるための重要な役割を担った。電子部品の分野では、半導体封止材に溶融シリカを70〜90wt%充填する際、エポキシ系やアミノ系のシランで界面を強化し、吸湿によるリフロー時のクラックを防いでいる。接着剤や塗料では、プライマーとして金属やガラスへの密着を助ける。歯科分野でも、セラミック修復物を樹脂セメントで接着する前の処理にメタクリル系シランが使われている。
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