水素結合
水素結合は、電気陰性度の大きい原子(窒素N、酸素O、フッ素Fなど)と結合した水素原子が、近くにある別の電気陰性原子の非共有電子対に引き寄せられて生じる、分子間または分子内の相互作用である。結合エネルギーはおよそ5〜40kJ/molで、共有結合の1/10以下と弱い。それでもファンデルワールス力よりは強く、方向性もはっきりしている。水の沸点、タンパク質の立体構造、樹脂の吸水による寸法変化まで、多くの現象がこの結合で説明できる。
概念の成り立ち
水素原子が2つの原子を橋渡しするという考え方は、1920年に米国のラティマーとロードブッシュが水の会合構造を説明するために示したのが始まりとされる。広く知られるようになったのは、ライナス・ポーリングが1939年の著書『化学結合の本性』で体系的に論じてからである。その後、分光学や量子化学計算が発達し、静電的な引力だけでは説明しきれない部分(電荷移動や部分的な共有結合性)も含むことがわかってきた。こうした議論を受けて、IUPACは2011年に定義を改め、X−H…Yという形の相互作用で、Hが「架け橋」の役割を果たすものを水素結合とするという、幅の広い考え方を示している。
結合が生じる仕組み
O−H結合では、酸素の電気陰性度(ポーリング値3.44)が水素(2.20)よりかなり大きいため、電子が酸素の側へ引き寄せられる。その結果、水素はわずかに正に、酸素はわずかに負に帯電する。水素は内殻電子を持たないので原子核がほぼむき出しの状態になり、隣の分子の酸素がもつ非共有電子対に強く引かれる。X−H…Yの3原子がほぼ一直線に並ぶときに最も安定するのが特徴で、水の場合、O…O間の距離は約0.28nmになる。
結合の強さは、関わる原子の組み合わせで大きく変わる。代表的な値を他の結合と並べると、その位置づけがわかりやすい。
| 相互作用の種類 | 代表例 | エネルギーの目安(kJ/mol) |
|---|---|---|
| 共有結合 | 水分子内のO−H | 約460 |
| 強い水素結合 | F−H…F⁻ | 約160 |
| 一般的な水素結合 | O−H…O(水どうし) | 約20 |
| 弱い水素結合 | C−H…O | 2〜8 |
| 分散力 | メタンどうし | 1以下〜数 |
水が示す「例外的」な性質
16族元素の水素化物を比べると、H2Sの沸点は−60℃、H2Seは−41℃である。この並びから単純に予想すると、水の沸点は−80℃前後になるはずだが、実際には100℃もある。180℃近い差を生んでいるのが水素結合で、液体の水では1分子がまわりの分子と平均3.5本前後の結合をつくり、つながったり切れたりを絶えず繰り返している。17族でも同じ傾向があり、HClの沸点−85℃に対して、HFは19.5℃と際立って高い。
氷になると、1分子が4本の結合で正四面体状に並んだすき間の多い結晶になる。そのため密度は0℃で約0.917g/cm3となり、4℃の水(約1.000g/cm3)より軽い。湖が表面から凍る、冬に配管が凍結して破裂する、といった身近な現象はこの体積膨張(約9%)が原因である。
生体分子の形を決める役割
DNAの二重らせんでは、アデニンとチミンが2本、グアニンとシトシンが3本の水素結合で対をつくる。GC含量が高いDNAほど二本鎖がほどける温度(融解温度Tm)が高くなるのは、このためである。タンパク質のαヘリックスでは、主鎖のC=OとN−Hが4残基離れた位置どうしで結合し、1回転あたり3.6残基のらせんを保っている。1本1本は弱くても、数が多いため全体として安定した構造になる。逆に、少し加熱すれば元に戻せる程度の弱さであることが、生体反応をしなやかなものにしている。
高分子材料と製造現場への影響
工業材料でも、この結合は性能を大きく左右する。ナイロン66はアミド基(−CONH−)どうしが鎖の間で結合するため、融点が約265℃と高く、機械的強度にも優れる。パラ系のアラミド繊維では、剛直な分子鎖が水素結合でシート状に並び、鋼の5倍程度の比強度を発揮する。植物由来のセルロースが水に溶けにくいのも、ヒドロキシ基が分子内・分子間で密に結合しているためである。
一方、アミド基は水分子とも結合しやすいので、ポリアミドは空気中の湿気を吸う。ナイロン6の飽和吸水率は約9〜10%に達し、寸法が0.5%以上変わることも珍しくない。吸水率の測定方法はJIS K 7209(ISO 62)に定められている。成形工場では、射出成形の前にペレットを80℃程度で数時間除湿乾燥し、含水率を0.2%以下に下げるのが一般的である。乾燥が足りないと、銀条(シルバーストリーク)や加水分解による強度低下が起きる。反対に、成形後の製品はそのままだと脆いため、あえて調湿処理を行って吸水させ、靭性を安定させてから出荷する場合もある。精密部品で寸法公差が厳しいときは、吸水しにくいPPSやPBTに材料を替えるほうがコストを抑えやすい、という判断も現場ではよく見られる。
接着・塗装との関係
ウレタン系やエポキシ系の接着剤が金属やガラスにしっかり付くのは、被着体の表面にある水酸基と接着剤の極性基が水素結合するためでもある。ポリエチレンやPTFEのように極性基のない樹脂は接着が難しく、コロナ放電やプラズマ処理で表面に酸素官能基を導入してから接着・印刷するのが一般的な対処法である。
測定と評価の方法
結合の有無や強さを調べるには、赤外分光法がよく使われる。他の分子と結合していないO−H伸縮振動は3600cm−1付近に鋭いピークとして現れるが、水素結合をつくると3200〜3400cm−1へ低波数側にずれ、幅の広い吸収になる。このずれの大きさから結合の強さを相対的に比べることができ、樹脂の吸湿状態の確認や、硬化反応の進み具合の追跡にも応用されている。結晶の中で水素原子の位置を正確に知りたい場合は、X線では水素が見えにくいため中性子回折が用いられ、NMRの化学シフトも有力な手がかりになる。
ほかの分子間相互作用との違い
分子間力のなかで、水素結合は双極子相互作用の特別に強いものと考えられることが多い。ただ、電荷移動による共有結合性をいくらか含み、方向性もはっきりしている点で、方向を選ばない分散力とは性格が異なる。イオン結合のように結晶全体を強く固めるほどではないが、温度や湿度によってつながったり切れたりする程度の強さであるため、材料の感温性や吸湿性、自己修復性ポリマーの設計など、「切れて、また戻る」性質を利用する技術の基盤になっている。
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