アルヘシラス会議|モロッコ問題で列強対立

アルヘシラス会議

アルヘシラス会議は、1906年にスペイン南部の港湾都市アルヘシラスで開かれた国際会議であり、北アフリカのモロッコ問題をめぐって対立したヨーロッパ列強の利害調整を目的として開催された。とくにフランスによるモロッコ進出に反発したドイツと、フランスを支援するイギリス・スペインなどの列強が参加し、モロッコの名目的な独立を確認しつつ、警察権・財政管理などで列強の利害を折り合わせた点に特色がある。同時にこの会議は、列強間の対立構図を固定化し、第一次世界大戦前夜の緊張を高めた外交事件として位置づけられる。

開催の背景

19世紀末から20世紀初頭にかけて、列強はアフリカ・アジアへ勢力を拡大し、いわゆる帝国主義時代が進行した。北西アフリカのモロッコは地中海と大西洋を結ぶ戦略拠点であり、地中海交通やジブラルタル海峡の安全保障にとって重要であった。フランスはアルジェリア・チュニジアの保護国化を進めるなかでモロッコへの影響力拡大を志向し、それに対してドイツはフランスの勢力拡大を牽制し、自国の発言力を示そうとした。1905年にはドイツ皇帝がタンジールを訪問し、モロッコの独立支持を表明することで仏の計画に異議を唱えたが、これはタンジール事件として知られ、のちに第1次モロッコ事件と総称される緊張の出発点となった。

参加国と会議の構成

アルヘシラス会議には、フランス・ドイツ・イギリス・スペイン・イタリア・ロシア・オーストリア=ハンガリーなどのヨーロッパ列強に加え、アメリカ合衆国およびモロッコ代表が参加した。会議の議長国は中立性を期待されたスペインであり、開催地アルヘシラスもその港湾都市として選ばれた。参加国は、モロッコの主権を名目上尊重しつつも、列強の治安維持・経済活動・金融支配などをどのような枠組みで行うかをめぐって、外交交渉を重ねた。とくにフランス・スペインは警察権の確保を重視し、ドイツは経済的な門戸開放と自国企業の参入機会の確保を主張した。

会議で扱われた主要議題

アルヘシラス会議で検討された主な議題は、モロッコの政治的地位と列強の利害調整に関する制度設計であった。焦点となった論点は、おおむね次のように整理できる。

  • モロッコの独立と領土保全を国際的に確認する一方で、実際の治安維持や行政における列強の関与をどこまで認めるか。
  • 港湾・通商・投資などに関して、特定国の独占を避ける「門戸開放」の原則をどの程度導入するか。
  • モロッコ政府の財政改革と、その監督にあたる国際委員会の構成・権限をどのように定めるか。
  • 警察組織の設置と訓練を、どの列強に委ねるかという軍事・治安上の問題。

これらの議題をめぐる交渉は、フランスを後ろ盾とする英露などと、ドイツの主張とのあいだで激しく行われたが、最終的にはドイツが大幅に譲歩するかたちで妥協が成立した。

アルヘシラス法典の内容

会議の成果は「アルヘシラス一般法」(アルヘシラス法典)としてまとめられた。この一般法はまず、モロッコの独立とスルタンの主権を国際的に承認すると宣言し、形式上は列強による分割や保護国化を否定した。その一方で、沿岸部の主要港湾や通商路の安全を理由に、警察権の整備と指導をフランスとスペインに担わせる条項が盛り込まれた。また、関税・借款・通貨制度などに関しては国際金融委員会を設置し、列強が協調してモロッコ財政を管理する仕組みが導入された。経済面では門戸開放がうたわれ、各国商人の活動が形式上は平等に認められたが、実際には地理的・政治的条件からフランスの優位が強まる結果となった。

開催地アルヘシラスの位置づけ

アルヘシラスはジブラルタル海峡に面したスペイン南部の港湾都市であり、地中海と大西洋を結ぶ海上交通の結節点に位置する。ここでアルヘシラス会議が開かれたことは、モロッコ問題が単に一地域の紛争ではなく、地中海世界全体の安全保障と密接に結びついていたことを象徴している。会議に中立的立場のスペインを関与させたことは、フランスとドイツの直接対立をやわらげつつ、列強全体の合意形成をはかるための工夫でもあった。

列強関係への影響

アルヘシラス会議は、モロッコ問題の一時的な妥協をもたらしたが、列強関係を安定させるよりも、むしろ対立構図を明確にする結果を生んだ。会議においてフランスを支持したイギリス・ロシアとの連携は強まり、英仏露の協力関係である三国協商が事実上固まっていった。これに対しドイツは、同盟国オーストリア=ハンガリーやイタリアとの結束を固め、ヨーロッパは二つの陣営に分かれて軍備を拡張していく。ドイツにとって会議結果は外交的な敗北であり、以後は武力示威によって発言力を高めようとする傾向が強まった。この緊張は、のちのアガディール危機など、モロッコをめぐる新たな対立にもつながる。

歴史的意義

アルヘシラス会議は、形式上はモロッコの独立尊重と列強協調をうたったが、その実態は帝国主義列強による影響圏の再配分と勢力均衡調整の場であった。モロッコ側の主体性は限定され、治安・財政・通商など重要分野に列強の監督が入り込むことで、準保護国的な状況が生み出された。他方で、この会議を通じてフランス・イギリス・ロシアの協力が確認されたことは、ドイツの孤立感を強め、ヨーロッパ国際政治の緊張を高めた。その延長線上に、やがて第一次世界大戦が勃発することを踏まえると、アルヘシラス会議は、帝国主義時代の列強外交が戦争へとつながっていく過程を示す重要な節目として評価される。