MOSFET
半導体の世界において、高速スイッチングや低消費電力化を実現するために欠かせないデバイスとしてMOSFETが広く利用されている。これはMetal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistorの頭文字をとった名称であり、電圧制御によってチャネルの導通や遮断を行うことが可能な素子である。バイポーラトランジスタと比較してゲートに電流がほとんど流れないという特徴を持ち、ディジタル回路やパワーエレクトロニクスの分野で重要な役割を担っている。近年では大規模集積回路の微細化が進み、微細加工技術と材料開発の進化によってより高い集積度と低消費電力を実現するMOSFETが開発されてきた。いわゆるスマートフォンや各種情報機器、また産業機器や自動車の電子制御ユニットなど、多様な用途に組み込まれ現代社会を支えている。
構造
MOSFETの基本構造は半導体基板の上に薄い絶縁膜を介してゲート電極を配置し、ソースとドレインの2つの拡散領域で構成される点に特徴がある。半導体基板がp型であればnチャネル、n型であればpチャネルのMOSFETが形成される。ゲート下に電圧を印加することで半導体内に導電層(チャネル)を形成し、このチャネルを通してソース・ドレイン間の電流が流れる仕組みになっている。ゲート絶縁膜の厚みや材料の特性が強く影響し、信頼性や性能向上のためにハフニウム系など高誘電率材料(High-k)が利用されることも多い。
動作原理
MOSFETはゲートに加える電圧の大きさによってチャネルの電気伝導度を変化させる。具体的にはnチャネル型の場合、ゲートに正電圧をかけるとゲート絶縁膜の下に電子が集まり、ソース・ドレイン間にn型のチャネルが形成されて電流が流れやすくなる。この電流制御機構がFET(Field-Effect Transistor)としての最大の特徴であり、ゲート電極にはほとんど電流が流れないため、効率の良いスイッチングが可能となる。スイッチング素子としてはオン抵抗の低減が重要視されるが、微細化や構造の最適化によって改良が進められている。
種類
MOSFETにはエンハンスメント型とディプレッション型が存在する。エンハンスメント型はチャネルを作るためのゲート電圧が閾値以上に達して初めて電流が流れる方式であり、ディジタル回路などで一般的に用いられる。一方のディプレッション型はもともとチャネルが存在し、ゲート電圧を調整することでチャネルを絞る方式であるが、こちらは用途が限定的である。また、構造的には平面型やFinFETなどの3D構造型があり、微細化が進む中で立体的なチャネル設計が主流となりつつある。
歴史的背景
MOSFETは1960年代初頭に実用化されたが、その歴史的意義はバイポーラトランジスタからの転換点という点にある。ゲートに電圧を印加するだけで電流制御が可能という特性から、デジタルICの高集積化に大きく寄与した。特にCMOS技術(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor)が発展したことで、低消費電力かつ高性能なプロセッサが実現し、パソコンや携帯電話の普及を支える基盤技術となった。半導体業界では集積回路のトランジスタ数が定期的に倍増する「ムーアの法則」が長年語られてきたが、その裏には微細化と共にMOSFETの性能向上が大きく寄与していたといえる。
パワーエレクトロニクス分野での活用
高電圧や大電流を扱うパワーデバイス分野でもMOSFETは重要な位置を占めている。一般的にはパワーMOSFETやIGBTなどが使われるが、特に低電圧・大電流領域ではパワーMOSFETのほうがオン抵抗の低減を図りやすい。電動自動車や太陽光発電などのインバータ回路では、スイッチング損失を最小化するためのデバイス選定が重要であり、シリコンカーバイド(SiC)やガリウムナイトライド(GaN)といった新材料を用いた強力なパワーMOSFETの研究開発が盛んに行われている。
微細化技術
集積回路でのトランジスタ数増大を目指すうえで、高度な微細化技術が必要とされる。ゲート長をより短くしつつ、リーク電流を抑え、高速動作と低電力駆動を両立するために様々な手法が考案されてきた。例えばFinFETはゲートを3方向からチャネルを囲む構造であり、従来の平面型MOSFETに比べてオンオフ比を高められる。これによりスイッチング特性が大幅に改善される一方、製造工程は複雑化するため、歩留まり向上や設計手法の高度化が重要になる。極端紫外線(EUV)リソグラフィなどの先端露光技術と合わせて、さらなる微細化が追求されている。
今後の展開
高性能計算への要求が増す中で、より高速で省エネルギーな素子としてのMOSFETの改良が今後も続くとみられている。3D構造の進化や新材料の導入によってトランジスタがより小型化される一方、量子効果や配線遅延などの新たな課題も発生している。シリコンの物理限界に挑戦する技術開発が世界中で進められており、CMOS技術を超える新たな集積アーキテクチャや材料が注目を集めている。消費電力を低減しながら性能を上げる必要性が高まるなか、現行のプロセス技術を最適化しつつ、革新的な半導体材料や回路設計手法を組み合わせる研究が今後も推進されると考えられる。
産業界への影響
パソコンやスマートフォンだけでなく、産業用ロボットや自動車のECU、家電製品まで、あらゆるシーンでMOSFETは活用されている。特にIoT時代の到来によって電子機器の数が膨大に増加するなか、低消費電力かつ高信頼性のトランジスタが求められている。これにより半導体メーカーは量産効果によるコスト削減と先端技術開発の両立を迫られ、高度な製造技術とスケーラビリティを活かした競争が激化している。汎用製品から特定用途向けSoCまで幅広い分野で強みを活かすことが事業戦略のカギとされ、今後もMOSFETの設計と製造技術は産業を牽引する重要な要素となっていくと考えられる。